⑨ 君の心は……?
メリルは彼女に夕食を用意して、一緒に食べようと誘った。
けれども、彼は心のどこかでとてつもない恐怖を感じていた。
――もう彼女と意思疎通が図れないんじゃないかと思ってしまって。
しかし彼女はぼんやりとしながらも、寝室からとことこ出てきて座ってくれた。
「大丈夫? やっぱ体調悪いの?」
「……」
声をかけてみると、力なく首を横に振っていた。
――一応、言葉は通じるようだな。
彼は息をついて、彼女の隣に座った。
「温かいポトフにしたよ」
スプーンを彼女に持たせる。彼女の前にはポトフと、フランスパンとジャムがある。
彼自身はポトフとフランスパンとクリームチーズを置いていた。
何回か彼女にフランスパンを出してみて、ほとんどと言っていいほどジャムを使って、それ以外を出しても使わないことが判明した。だから今もジャムの瓶を置いていた。
「温かいうちに召し上がれ」
そんなことを言ってしまったせいだろうか。
彼女は冷めないうちにポトフばかり食べて、パンには手を付けようとしない。
しばらく様子を見ても、パンはほったらかしにされて固くなりそうだったので、彼はそっとパンのお皿を示した。
「……パン、食べない?」
「……」
「たぶん固くなってるから温め直すけど」
「……」
「あ、後でポトフに浸すことを考えてる? それも手だね……なら無理にしなくていいか」
「……いらない、で、す」
やっと彼女が声を発して喋った。メリルはほっと一度だけ息をついた。
悲痛な泣き声以来声を聞いていなかったから。
「お腹空かない? なら後でおれがもらうよ」
「どう、ぞ」
震えて消えてしまいそうな声だった。消えかけの火を纏った蝋燭のように。
それにぎこちない。
――おれが目の前にいるせいか?
ほっとしたのもつかの間、心のどこかに潜んでいた恐れが、むくっと大きくなっていく。彼が見逃せないほどに。
「アンジー?」
「……はい」
「聞きたいことがあるんだけど聞いていいかな」
「どうぞ……」
「次、ニューヨークに帰ってくるの、いつになるかな? 決めてないならいいんだけど……できるなら予定合わせておきたいだろ……?」
「――あたしは」
「……」
彼女がスプーンを置いてしまったので、彼も手を止めて彼女を見た。
決して、目が合うわけではなかった。
やはり緑の目は、ここではない「どこか」を見つめている。
「……1つだけ、あなたの答えを聞いていなくて気になることがあります」
「何だろう?」
「心を捨てたなら、たとえセフレでも、苦しまない――気持ちよくなることに、心は関係ないと……思い、ます、か」
「……」
「あたしが、……あなたを、愛せなくて、も……、あなたと、キスをしたりそれ以上のことをして、体を気持ちよくするのは、……構いませんか」
「……君は……」