⑦ 喪失の先に
彼が眠ってしまった。
彼女はぼろぼろと、涙を彼の美しい顔の上にこぼした。
「さよなら……っ」
ずるいと分かっていながらも、彼にキスをした。頬に、額に、まぶたに、耳たぶに、顔中唇を落として――最後には唇をしかと重ねて。
彼女は泣きながら彼から離れた。
そこで、自身の薬指にはまっていた指輪が目に入った。
それを震える右手で外して彼の机の上に置いた。
涙でいっぱいの視界にもはや指輪は映らない。
ぼろぼろ泣きながら、何とか壁を伝いながら外へ歩き出す。
――彼のことが大好きと、この身体に刻み付けてしまった。
震えの収まらない上体を、彼女は自分で抱きしめた。
――こうなった今は、残された選択肢は1つしかないわ。
さめざめと泣きながら外に出てきた彼女を、彼の両親は、そしてメリルも慰めた。
「……もう、行こうか」
メリルは彼女を抱きしめて、彼の両親に暇を告げた。
「彼女のことは必ずや幸せにしますから――モーズレイさん」
「娘みたいなもんだったんだよ、本当に……後は、頼んだよ」
彼女は疲弊しきってしまって、声が出て来なかった。
出てくるのは切ない喘ぎ声と、大粒の涙。
「紅茶でも淹れてあげるよ」
メリルはくたくたになった彼女を何とか自分の家に連れ帰った。
夜が明けて来て、空が明るくなっていた。
彼女はまだ泣いていた。
「アンジー……」
静かに夜泣きをするかのようにひくひく言う彼女をぐっと懐に抱き寄せてしかと抱く。
「頑張ったね、アンジー……頑張ったよ……もう大丈夫だから」
すると、彼女が、まるで栓が弾け飛んでしまったように哀哭し始めた。
メリルは幼子のように泣き叫ぶ彼女を強く強く胸に抱いた。
彼女は紅茶を飲む前に、泣き疲れて眠ってしまった。
メリルはそっと彼女を抱き上げてベッドに寝かせて、しっかり布団をかぶせてやった。
そっと、彼女の額に口づけをした。
彼自身こそ夜通しドアの前に張っていたのだから、今すぐにでも寝入ることができる。
しかし、紅茶を飲み始めたらどうしても眠れなくて――彼は1人で泣いた。
――あんなに悲しむ彼女を見たことなかったし、正直なところ見たくなかった。
それが彼女自身の願いだから叶えてやったのに、メリルは自分こそが間違ったことをしたんじゃないかと思えた。
静かに落涙した。
――彼女を救うためにしてきたことなのに、彼女をむしろ汚して傷つけてしまった気がしてならない。だからこそ、今度は自分が彼女を幸せにしなきゃいけないんだろう。
汚した分を取り戻せるかはともかくとして、自分に負わされた責任は重い。責任を果たさねば今度こそ彼自身も破滅して終わりだろう。
――せめて……、幸せにして、天に返してやらなきゃだ。