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愛し合うふたりの世界は薔薇色か? 2 就職後  作者: 野々れい
割れた瓶から溢れるワインのように
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⑤ 美しいものを喪う時 1



 離れようとすると彼は彼女を強く引き止めて離さない。


「アンジー! 『さよなら』なんて言って出て行くな!」


「だめなの」


「『さよなら』じゃない!」


「さよなら、なの……おねがい……っ」


「そんなお願いなんか無意味だ――」


 抱きしめられて彼女はそれを拒めなくて、叫び出しそうになるのを必死で我慢した。


 再び唇が重ねられようとする。


「おねがいロン……っ、このキスをしたら、もう、忘れて、あたしのこと……っ!」


「忘れない――」


 燃え滾る炎のような口づけをした。


「――おれ治すから……ちゃんと一緒にいられるようになるから」


「そうよ。治すって気持ち……忘れないで、でも、無理しちゃ、だめなの」


「無理しないから」


「無理しないでほしいから、あたし、が……あなたの前に姿を現さないようにする。治すためなの、あなたのため」


「それは違う」


「ううん。あたしと会ったら、あなたは無理をしてしまう」


「おまえを探したり執拗に引き止めたりしないから!」


「もう、それよ、今この状態――っ」


 揉み合いになるふたり。彼女が離れようとするのを、激しく拒む彼だった。


「それはいまおまえが『さよなら』なんて言って出て行こうとするから!」


「もう会わない。いや、会えない。……だからロン、安心して治療に専念して」


「それじゃしない! おまえと一緒にいるために治療すんだろ……っおまえいなくなったら、もう……」


――生きてられない。無理だよ。


 その言葉を聞いて、彼女は体から力が抜けてしまった。


「ロン……そんなこと……」


 愕然ともらす彼女を、彼は満を持したように抱き寄せて胸に抱いた。


「う……っ、何でそんなこと言うのよ……! 何で――!」


 彼女はむせび泣いた。


 むせび泣きながら、彼を抱き返した。彼の金髪の頭をしかと抱く。


 手でその頭を撫でる彼女。形を、髪の毛の感触を、丹念に確かめるように。丹念に手に覚え込ませるように。


「おまえをはなさない……! おまえを……っ」


「言わないで――!」


 彼女は遮るように唇を塞いだ。


 それ以上言われたら――彼女自身が壊れてしまう。自身こそ彼を離せなくなりそうだった。


――このキスで本当に最後にしよう。


 そっと唇を離した。


 今にも泣き出しそうに顔を歪めたキューピッド。荒れた海のように揺れる青い目。彼女の涙が付いたのだろう、長い睫毛は濡れていた。彼女が撫で回したせいで赤くなってしまった頬。幾度も接吻をしたせいでぽってりと濡れる唇。


 それは、繊細な細工が施されたステンドグラスだった。おそらく割れる寸前の。


「……きれいね……ロン……あたしもだいすき……」


「――だったら!」


「……お水、飲む? 大声出して喉痛めたでしょう……ね……」


 彼女はコップを取りに立った。彼の使うコップのありかは知っていた。


――そうよ……ここに……変わってない。あたしは彼のこと、少しは知っている……。


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