④ それぞれの夜更かし
メリルは彼らがいて最後の「密会」をしている場所――彼の下宿先の家にいた。玄関の前に座って、彼女が出てくるのを待っていた。彼女の携帯に作動させておいた位置情報共有機能のおかげで簡単に場所が突き止められたから。
後を追うように姿を現したのは、
「君がさっき電話をくれた――?」
「こんばんは、モーズレイさん……いえ、初めまして」
メリルは部屋の住人の両親に丁重に挨拶をした。もっとも、夜中にすっかり疲弊しきった顔で自己紹介をするのはメリル自身にとっては心外であったが。
「彼女を迎えにとは言え、人の家の前に陣取ってごめんなさい」
「一応」という様子でメリルは謝った。
鍵は当然中から閉まっていて開かない。メリルの様子からそれを察した部屋の住人の両親は、合鍵を持っているからと開けようとした。
「――待って」
慌てて止めるメリル。
「待ってやってください。まだ……話し中だから」
「――そんな長くかかるもんか」
「分かってるんでしょう、今頃抱き合っているんだって。――抱かせてやってください」
「君はアンジーと付き合うんじゃなかったのか? 大事な彼女が、狂った野郎に寝盗られて大人しく待っているのか――」
「大好きな彼女の、『最後のお願い』です――」
「君は――」
メリルは顔をぐしゃっと歪めた。
彼とて涙を呑む思いで、ここで待っていた。
「それでちゃんと踏ん切りついて、これから一緒に前に進んでくれるならですよ、『お願い』くらい聞いてやらなきゃ。彼女は一生後悔するに違いない」
「……」
彼の両親はメリルを抱き寄せた。
メリルだけは泣かなかった。
泣きたいのはやまやまだが、彼女の方がずっと辛い思いをして今頃泣いているのだろうと想像すると、自分が泣いている場合では全くないと思うのだった。
それにここで泣いて彼女に同情するのは負けだから。同情するということは彼女を「彼」に譲るようなもの。メリルは決して同情したいわけではなかった。
――彼女はこちらのものになる。
――だからこそ頼もしく待っていたい。
電気を点けたまま、ふたりは激しく、深く愛し合った。彼の気力が戻る度に抱き合った。
すっかり夜が更けていて、夜明け前までかかった。
それも何となく外が白み始めていたから分かっただけ。時間など忘れていた。タイムリミットなども微塵にも彼らにはないように思われた。今何時か確認する気にもならない。
――際限なく愛し合っていたい。終わりたくない。
彼女のほぼ全てが終わりを拒んでいた。何が「さよならしよう」とさせるのか、もはや全く分からない彼女だった。
彼が彼女の中に愛を注いだのは最後の1回だけ。そこで彼がぐったりして「もう無理」と、腸が千切れたように白状した。彼女も泣きながら受け入れた。「終わりにしよう」と。
セックスを終わりにしたふたりは服を着た。
気だるい余韻の中でどちらからともなく固く抱き合った。
「さよならしよう」
濡れた声で告げる彼女。今ばかりは自身にも抗わなければならないのだ。
彼は即答する。
「嫌だ」
「いっぱい愛してくれて嬉しかった」
「嫌だ!」
「あたしはあなたの愛でいっぱいだから、きっと大丈夫」
「大丈夫じゃない! 大丈夫じゃ――」
彼女は彼にキスをした。彼を、自分でいっぱいにするつもりで。彼が自分をいっぱいにしてくれたお返しのつもりで。
一度し始めると、彼らは止められなかった。
貪り合うように口づけを交わす。
彼女は嗚咽をもらしながら、彼と「最後」なんだと思って何度もキスをした。
「さよならなの、ロン、分かって」
「……さよならじゃない、最後じゃない」