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愛し合うふたりの世界は薔薇色か? 2 就職後  作者: 野々れい
割れた瓶から溢れるワインのように
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③ 「最後」の再会 2



「さ、いご……?」


 乾いた声で繰り返す彼。


「もうわがまま言って困らせないから。下手に会ってあなたを混乱させたくない。だから……お別れ、しよう」


「いいや――そんなことしない」


 彼から当然のようにそんな言葉が返ってきた。


 一方彼女は迷いを絶ち切るように首を左右に振る。


「最後に抱いて、お願い」


「最後なんかじゃない」


 彼は言いながらも彼女を中に引き入れる。


「ううん……これで終わりなの、よ――ぁあ……ぅ」


 彼女の体はどっとベッドの上に押し倒された。馬乗りになった彼の着ていたカーディガンの身頃が垂れ、彼女を包もうとするのだった。


「終わりになんかさせない――っ、なんで……!」


「ん――っ!」


 ふたりは押し問答をしながらも折り重なってキスを交わす。


「最後」と言う彼女と「最後じゃない」と言う彼。


 彼女はされるがままになった。くすぐったくて、思うように動けないから。


 本当は自分から彼を愛してあげたいのにまるで手が出ない。


 彼は彼自身のことを彼女の身体に刻み付ける。


――最後にここまで深く刻まれたら、傷は一生残るかしら。


――あたしが彼を愛せなくても、彼が愛してくれたしるしがあって。そうしたら……。


――本当に幸せ?


 あっという間に服という隔たりはなくなった。


 何も身に付けていない肉体を抱き合う。彼女は彼の唇に襲われた。


――ロンとあの男の間のどこにもないところに堕ちて今度こそ苦しむかもしれない。


 この時ばかりは彼は牙の鋭い肉食獣だった。彼女は捕まって、肉を喰らわれる動物。


――いいえ、このまま喰らわれてしまった方が楽なんだわ。一生残る傷を負うよりは、綺麗に食べられた方が。


「あぁ……っ」


――欲しい。彼の愛が欲しい。


「最後じゃない、さいご、――!」


 唇が触れる度に、舌に撫でられる度に、歯を立てられる度に、彼女は悲鳴を上げるように喘いだ。


――あなたを愛している。


 声に出して伝えたいのに、彼女はもはや言葉を作ることができなかった。


 腰を抱えられ、彼女が息をつく間もなく熱を込めて押し込まれた。


 圧迫されて熱に浮かされるのに、幸せな感覚。彼らをいっぱいにする懐かしい感覚だった。


 あっという間に彼は奥深くまで彼女を捉えた。瞬きの間に意識がふわっと飛んでいきそうになって、彼女は慌てて歯を食いしばって食い止めた。


「おねがい、いっぱいし、て……」


 彼女は最後の意識でもってお願いした。


「いっぱい、あなたの、あい……ほしいの」


 その愛は消えると分かっていて。


 上から覗く彼の顔が悲しそうに歪んだ。


 彼女自身の頬も濡れていた。


「アンジー……っ……」


 彼がぐったり上半身を屈めて彼女の頭をがふ、と抱きしめるのだった。


「さいご、じゃ、ない……ずっと、いっしょ……ずっと、だ……っ」


 気を殺がれたほんの一瞬だった。わずかに隙間ができたと思いきや、彼らは離れてしまった。


「……泣くなよ。どうして泣くんだ。――それじゃうまくいかない……」


 彼女が涙でぐちゃぐちゃの顔をさらしているせいで気を殺いでしまっているらしい。


「いたい……」


「……痛いのか」


「違うの――」


――胸が痛いのよ。


 彼女の胸は悲しみで張り裂けていた。


――わがままだわ。けれど、彼のことが欲しい。


 彼がいくら「最後じゃない」と言い張っても、彼女は「最後にする」と決めてここにいるのだから。そうじゃなければ来られない。


 肩で息をする彼。本当に気を殺がれたようで、押し付ける腕が緩んでいた。


 彼女は隙間を埋めるように自分の顔を両手で覆った。


「――ぁぁぁ……っ!!」


 割れそうな嗚咽交じりの悲鳴を上げる彼女。


 彼女の手首を大事そうに舐める彼。さらに彼はその手を唇で愛撫した。


 彼女は泣きじゃくって震えるばかりだった。


 力の抜け始めた彼女の手はそっと除けられた。彼らは手を繋いだ。


 もう一度唇同士重ね合った。すがり合うように。


――こんなに優しい唇を自分から手離そうとしているなんて、自分が信じられない。


――彼と「さよなら」したなら、あたしに人を愛す資格はないわ……。


――いっそここで粉々になりたい。



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