① 準備は慎重に
「ロンにさよならする」と彼女は決めた。
心を捨てるため。
苦しみを絶つため。
逢うことをこれからも許されないのなら自分が身を引けばいい。そうすれば「逢えない苦しみ」から解放される。お互いに。それで彼女自身は「メリルを好きになること」に抵抗するという、バカバカしいことをやめられるのだ。
次の日、彼女は朝から彼に電話をしたが出なかった。お昼にもかけて、ダメ元で夕方にも一度かけたが一度も彼は出ないのだった。
隣で見ていたメリルが眉をひそめて言った。
「彼の携帯は既に取り上げられてるんじゃないかな」
「どうして?」
「君からの連絡には一切応じないようにするために決まってるよ」
「……それはいや」
震えながらメリルを怯えたように見つめる彼女。
――「さよならする」ために、最後に彼に会いたい。会わなければ終われない。
「会って直接言わなきゃ」
どうしても連絡を取りたい彼女の横でメリルも腕を組んでしまった。
「あの男に別れを告げたら、ちゃんとおれのところに来てくれるんだな」
「最後のお願い」
「……に、してくれるんだな」
彼女は頷いた。
「おれも考えるよ。というか、おれが電話してみるってのはどう」
「……」
「君の電話はあの男にとって毒だからはじかれるだろうけど、おれの電話はそうとは限らない気がするな」
「そう、かしら」
メリルは震える彼女を慰めるように引き寄せ、胸に抱いた。
夜、メリルは彼女がお風呂に入っている間に、彼女の携帯から彼女の幼馴染の彼の携帯番号を調べていた。そしてこっそりと彼女の携帯のGPS機能を作動させ、自分の携帯に情報が共有されるよう操作した。
まるで盗賊が業務をこなすように手際よく淡々と携帯をいじる彼だった。
そして、若干顔を強張らせたメリル。そろっと自身の携帯を手に取ると、打って変わって慎重に画面に指を置いた。
代わりに彼自身の番号から電話を入れたのだ。
案の定、電話は取られたのだった。彼の父親と思しき男の声がした。
彼本人が出ると当然思っていなかったメリルは「お父さんですよね?」と尋ねてから名乗った。
電話越しの声が少しだけ明るくなった。
「あぁ、アンジーのお友達の……」
どこから情報を得たかは言わなかったが、「聞いてはいた」と電話の向こうの声は答えた。
「でもどういう用件で?」
メリルはそう尋ねられて、ふっと息をつくと、相変わらず単刀直入に告げた。
「アンジーがあなたがたの息子に別れを告げたいと言っている。直接、その旨を告げたいと。最後に会わせてくれませんか」