⑥ 眠れない夜に
ある日の夜、彼は全く眠れなくて勉強机の前に座って、ぐったりと突っ伏していた。
本を読む気にもならず、ただただ重そうな頭を組んだ腕の上に乗せて、ぼんやりと虚空を見つめていた。
――ずっと会えない。やっぱりもう会えないのかな。
もはや彼には現実も夢も区別がつかなかった。――現実でも夢でも彼は彼女に会えなかったから。
――寝ても寝なくても同じだ。
妙に頭が冴えていた彼は、そんな理屈をつけてベッドには入っていなかったのだ。頭が冴えているから眠れないにしろ、彼に今睡眠欲が沸いてくる様子がなかった。
机は彼の地肌に触れている部分だけ生温かかった。
少しして彼は机の冷たい部分を求めて腕を少しずらした。紺色のカーディガンを着た腕は、手首の部分から肌がにょきっと出ていた。包帯を巻いたところを冷やすように押し当てていた。
部屋のドアがこんこんとノックされた。
「おまえ起きてたのか……」
後ろから父親の声がした。しかし彼は何も言わず、動きもしなかった。
すぐに、彼の視界に父親の顔が入って来た。
「今日は眠れないんだな」
彼は若干目を細めて疎ましそうな顔をした。
――会いたい人じゃない。
彼の頭の中は「会えない」彼女のことでいっぱいになっていたのだ。
「ずっと……」
「ずっと、どうした?」
「……」
彼は黙り込んだ。
言ったところで解決しないのだから。
――せめて頭の中でいっぱいにさせておいてほしい。邪魔されたくない……。
重い頭を持ち上げて、彼は反対の方に顔を向けた。
「……出てけよ」
「――ったく、可愛くねえやつだな。まあ可愛くなくて結構だけど」
父親はくすっと微笑んで、彼の丸まった背中に毛布をがふっとかけた。
「おめえはおれに似てイケメンだし。おれが保証するよ……なんてな」
ぽんぽんと息子の頭を撫でてから部屋を出て行った父親。
「……」
再び1人になった彼は、冷めたように息をついてから、目を閉じた。
――言っても無駄だ。
彼の頭の中は彼女でいっぱいだ。
――すると、おれの頭は果たして現実なのか、夢なのか。一体どこにあるんだ。
すぐに青い目がぼんやり開き、煙たそうに部屋の宙を見据えた。
――あったかいな。
徐々に生まれて来た温もりに彼は、彼女が自身の背中に抱きついている様子を想像できた。
「今日はずっと一緒よ?」
例えばそんなことを囁いて。
「……ちがう」
――所詮おれの妄想だ。彼女の言動はおれの頭が作っている。
――じゃあ、現実でも夢でもなさそうだ。現実も夢も……必ずしも予想通りに来るわけじゃないんだから……。
彼は深くため息をつくのだった。
――変なことを悟ってしまった。
「……いま、どこにいる……?」
彼は声に出さずに、彼女の名前を口に刻んだ。気怠い空気に包まれていたけれども、彼女の名前だけはほのかな熱を帯びて彼に接吻をするのだった。
彼(ロン)はどうも感づいていたのかもしれませんね。
彼女(アンジー)が良からぬ決断をしてしまったことを。