④ なくしたピース
彼は一旦無言で席を外し、眼鏡をかけて戻って来た。
そして飽きることなくフォークを再び持つのだった。
「今日は食えるようだな」
そう言って微笑む父親。既にパズルを組み立て始めていた。
息子はその横でパズルをちらっと一瞥した。
「ピースいくつある」
「箱に書いてねえか?」
「……500……」
ぼんやりと呟く彼。
「500か。多いのか少ないのか分かんねえな」
父親がぼそっと言った。
「ま、2人でやれば今日中に終わるだろ」
ボウルの中の果物がなくなった頃、やっと彼はフォークを手離してパズルのピースを探し始めていた。
「端の方からやってっから」
父親が真ん中にピースの山を寄せた。
彼は端のピースと思われるものをがさがさ探して集めて行った。
父子2人で時折紅茶を飲みながら、ピースを合わせて行った。
2人してパズルに没頭したせいで、ろくに会話も交わさなかった。その代わりに日暮れを迎える前に、全てのピースが居場所を取り戻していた。
「これで完成じゃねえか?」
「ん……」
親子2人で組み立てたパーツを合わせてみる。
それはフルーツバスケットの絵画だった。彼も途中でリンゴの赤いパーツやマスカットの黄緑のパーツを目にしていた。
「あ」
しかし、真ん中の方にぽっかり穴があった。
「あー、1つ足りないか?」
1つだけだった。1つ分だけ穴が開いていた。
「おかしいな……」
箱やテーブルの上を父親が見て回るが一向に見つからない。
「昔のやつだから食っちまったのかもしれない」
父親は冗談交じりにもらしたが、彼は目の色ひとつ変えず、椅子に座ったままだ。
――ぽっかり空いている。
彼は穴を見つめていた。
まるで自分の心を見ているように。
自分の心に確かに穴があると、まざまざと見せつけられたように。
「499もあっただけすげえけどな……ロン、探しに行くぞ」
父親は彼を促して、一緒に外に出た。
日が傾き始めていた。庭の雑草は穏やかに舟を漕いでいた。
「ふーん、いい天気だったな、今日も」
父親が物置の鍵を開けた。
彼は少し遅れて庭に出て、その景色を見て――青い目を見張った。
彼の視線の先では、庭の木に宿った葉っぱたちがさわさわ歌っているのだった。
――待ち合わせ場所。
彼は――足りないピースをあっという間に思い出してしまった。
彼の耳に貼りつくのは葉っぱたちの歌――及び、彼を呼ぶ声だった。
「どうして約束を破ったの? 待ち合わせ場所で待ってたのに」
――会えなかったのはおれが約束を破ったからか……?
交わしてもいない約束は、彼女をどこかへ連れて行ってしまったらしい。
彼はその場に崩れ落ちるのだった。
葉っぱたちの声がざわざわと大きくなっていった。
「ロン、おいで――こん中にあるかもしれない……ん?」
父親は物置に入ってこない息子を呼びに顔を出した。
「ロン――?」
物置の数メートル先に、しゃがみ込む息子の姿があった。
「っ――おい、どうした」
慌てて父親は駆け寄った。息子は真っ青になって、まるで痙攣でも起こしたかのようにがくがく震えていた。
「は……う……ぅ」
「大丈夫だから――ゆっくり息を吐くんだ……」
父親が息子の背中をそ、とさすった。しかし彼の体の震えは止まらない。次第に額に脂汗が滲んできて、彼は地面にかがみ込むようにぐったり項垂れた。
「苦しいな……、ゆっくりでいいから吐いてごらん――」