③ ジグソーパズル
太陽が東向きの彼の部屋を照らすのを諦めた頃になって、彼はやっと部屋から出て来た。とは言え、物を食べるためではなくトイレのためだった。
ついでに洗面所で顔を洗った。
鏡に映るのは生気の失せた顔。絵画の中の人の方がよほど生き生きしているだろう。絵画でさえもここまで生気のない人を描かないかもしれない。
彼はまたしても嫌な夢を見てしまった。
――夢の中にも存在したくない。
逃げるように彼は鏡の前から立ち去った。
部屋に帰ろうとしたところでリビングから父親が彼を呼びに来た。
「ロン、おいで」
父親は部屋から息子をやんわり引っ張り出した。
「おめえに手伝ってほしいことがある。褒美の果物付きだ」
彼は無返答だったが、父親に背中を押されてリビングまで行った。
彼は一直線にダイニングテーブルの前に座った。彼の後ろにはソファーがあるが、この家の住人に使われている様子はない。紙袋や鞄が使っているのだった。
彼もまるで見えていないように――否、目を背けるようにテーブルにかじりつくのだった。
かつて使っていた記憶を封じ込めるように。
父親も彼を見てすぐに、テーブルの上のボウルを勧めるのだった。
「送られて来た果物なんだが、美味いぞ」
そこにはひと口サイズにカットされたストロベリーやオレンジ、パイナップルなどがこんもり盛られている。その彩りはまるで太陽から分けてもらった生気を映したようであった。
彼はフォークに手を伸ばした。
「何か飲むか?」
父親が聞いたが、彼は首を横に振った。
そこで母親がキッチンから顔を出した。
「あら、紅茶淹れちゃったんだけど。好きな時に飲んだら」
彼は無言で果物を口に入れていく。口に入れる作業を淡々とこなしているようだった。
「まあ、食いながらでもいいから手伝ってくれよ、これ」
父親が隣に座って、目の前の箱を開けた。
「ジグソーパズルだよ。昨日物置を掃除してて見つけたんだ」
「ふうん……そう」
彼は横目でそれを見つつ、果物に手を伸ばすのだった。
「……何か、組み立てなきゃいけない理由がある?」
尋ねた彼に、父親が「もっともだ」と言いたげに笑い出した。
「確かにな。箱にしまっといた方がコンパクトで扱いやすい」
「そうだと思う」
「おめえな」
父親がからかうように息子の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「冷めたこと言ってないでやってみようや。パズルならいつまでもやってられるだろ?」
「ん……」
彼はまだ果物に手を伸ばしていた。その上、こうこぼした。
「裸眼で見えてない」
「果物は見えてんだろ」
「……」