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② 生きた心地がしない



 夜が明けてくる頃。ぼんやり明るくなり始めた部屋の中で、彼は座り疲れて再び横になっていた。


 何度も寝返りを打っては虚ろな青い目を窓の外に向けていた。


――会えないままになってしまうのかな。


 太陽の目覚めと反して彼の瞼は重くなっていった。


――このまま死ぬのかな。


 まるで永遠の眠りにつくように、彼は目を閉じたきり動かなくなった。




 すっかり目を覚まして元気になった太陽が彼の部屋を燦燦と照らす中、ベッドに横になった彼は太陽に生気を吸い取られたように眠り続けていた。


 その時、彼の部屋のドアが静かに開いて、彼の母親が顔を覗かせた。


「ロン……朝ごはんの時間だから起きなさい」


 息子に声をかけるが当然返事はない。


 母親はベッドに、こちらに背中を向けてぐったり横になる彼を見つけ、依然として静々と歩み寄った。



――――



「待ち合わせ場所で待ってるね」


 そう彼に囁くのは花の蜜のような甘い声をした、()使()()()()()女の子だった。


 その声だけが彼に聞こえていた。


 彼はどこかの街の中で立ち尽くしていた。


 そして彼は宙に尋ねた。


「待ち合わせ場所って」


 誰も答えない。そもそも街の中のくせに誰もいないのだ。


 仕方なく、彼は歩き始めていた。


「どこに。そんなの知らない」


 次第に彼の息が苦しくなってきた。


 約束を自分だけが忘れたらしい。彼は思い出せない約束を、必死で思い出そうとしていた。しかし思い出そうとすると余計息が苦しくなってくる。


 約束を忘れた罪悪が、彼を絞めつけているらしい。


 彼の足はどこかへ向かっている。


「待っている?」


 足は急くけれども、どこへ向かうのかがさっぱり分からない。


 何となくだが、彼は声を追っているような気がしていた。――彼を待つらしい甘い声のところへ。


 いつの間にか彼は、何となく見覚えのある大学のような建物の中に来ていた。


「どこで……」


 相変わらず彼は急いでいた。どことも分からない場所へ向かっている。


「間に合わないって」


 その時彼の目に、屋内のはずであるのに、大きな木の幹が飛び込んできた。


「どこに――」


 同時に彼は胸を強く打たれて息ができなくなった。


 彼の耳に、また溶け込んでくる甘い声。


「ロン……約束でしょう? どうして破ったの――」


――破ってない。破るつもりなんかない……。



――――




 彼の母親は枕元を覗き込んで、息子が歯をぐりっと食いしばっているのを目にした。


「あら……」


 真上にある窓が開いていて、時折ひゅうと音が鳴っていた。


 風通しはいいはずなのに、息子は汗をかいている。


「具合悪い?」


 尋ねる母親に、ぼそっと声が返って来た。


「……なんのやくそく……」


 寝言のようだった。そして次の刹那、


「は――っ」


 彼は突然目を覚ました。


 目がゆらゆら揺れて、今にも溢れてしまいそうだった。


 そして母親と目が合うと、彼は眉根を寄せてぷいと顔を背けた。


「出てけよ……」


「ごはんできてるんだよ」


「いらない」


 息子の声は震えていた。


 母親は黙って部屋を出た。


――会えなかったのね。あの子と。


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