① 夢でも現実でも……
「――っ……は――」
突如彼は飛び起きた。
肩からずり落ちる毛布。寝巻をゆるっと着ている痩せ細った体は大きく上下していた。
「はぁ……っ、う……っ」
もしゃもしゃ乱れているのはくすんだ金髪。今彼の顔を照らすのは月明かりだけだった。
すっかり住宅地は静かになった真夜中。とりわけ部屋の静寂が彼の呼吸の荒さを際立たせた。
「うう……っ」
端整な顔を歪めて窓を睨んだ彼。
そこでやっと、自身の目に映るのが見慣れた景色だと気付く。
――夢か。
前髪の先に汗が滲んでいた。――嫌な夢だったのだ。変な汗をかくほど。
しかし目が覚めた瞬間に夢の内容が消えてしまった。
ようやく落ち着いた呼吸を取り戻した彼だが、再び横にはならなかった。膝を抱えてその体勢のまま毛布を肩まで引き上げた。
最近真夜中に飛び起きることが多くなっていた。
夢の中で大概彼は家ではない別のところにいるのだ。例えば地元の街中に。地下鉄の車内に。あるいは誰のか分からないが部屋に。
しかも全く誰かも分からない人と一緒にいる。姿が分からなくて声だけすることもある。
そして誰かと絡んでいるうちに気付くのだ。――自分は相手を知らないのに相手は自分を知りすぎていると。
名前を何度も呼ばれて飛び起きたこともあったし、原因が分からないケンカか闘いに勝手に巻き込まれて俄に目が覚めて解放された気分になったこともあった。食事をしていたこともあった。
とにかく夢の途中でがばっと起きることが続き、起きてしまってから再び眠りにつくのが億劫になってしまったのだった。
夢の続きが始まってほしくないからだ。悪夢なら猶更。
彼はごつ、と音を立ててベッドの木枠に背中をもたせた。
変な夢は見たくないが、いざ目が覚めて現実に戻っても、彼はまるで夢の中のように叶わぬもどかしい思いでいっぱいだった。
迷わず彼女の名前を口にした。
「アンジーは寝てるかな……」
――いつになったら会えるんだろう。
すがるように窓の外を見たが答えが見えてくることはなかった。
「いまなにをしている……? 寝てるのか……」
――彼女が寝ているとしたら、今頃夢の中だ。
だけど夢で逢えたためしがない。
「おまえの夢……どこにある……?」
――彼女の夢の中に行きたい。
彼はがっくり項垂れた。
――会いたい。夢の中と現実と、どっちが難しいんだろう。
今となってはどっちが難しいのか分からないのだった。
沸々と彼の体の中にもどかしさと苛立ちが募ってきた。彼は足をずりずり擦り合わせた。
「ああ……っ、どこなんだ……」
頭を垂れる彼の項は白いガーゼに覆われていた。その他、手首にも包帯が巻かれていた。
彼はそれをすっかり忘れたように頭をもしゃもしゃいじったり手を毛布の中に入れてもぞもぞ擦ったりしていたのだが。
彼がベッドの上で悶えようとも、会いたい人に会えるわけではなかった。
彼を訪ねてくる人などいなかった。いても両親が追い返すのだから。