⑯ 波に酔って麻痺して
――どういう、ことですか。
尋ねる彼女の声は掠れて上手く言葉になっていなかった。
「おれだってまだ君を手に入れたとは認めてないってことだよ」
「……認められない、ってこと……?」
「そうとも言えるよね。――どうするの。何が何でも君を手に入れていいの。そうなったらおれは完全に君に溺れるだけだよ。……やり残したことはないの」
「やり残した……?」
「その代わり、何も未練なくおれと一緒にいてくれるなら――おれは本気で君を愛す。前から言ってるよね? 君を幸せにする自信があるって……」
青い目に見すくめられて彼女は背筋がぞっとした。
目の前の男が自分を捕まえようとしている。
――気持ちいいはずなのに、怖い……。
「君の欲しいものってさ、実際は分かんないよ、分かんないけれど。おれの予想では――体から、心から、ひたむきに愛されれば、君はいつかおれにも心を許して幸せと思ってくれるんじゃないかなと思うよ」
「そんなの分かりません」
「分かんないのか」
「気持ちがあなたのものになるなんて、自分で分かんない」
「何が分かんないんだ?」
失笑交じりの彼の質問だった。彼女の方もひく、と口角を引きつらせた。
「どうしたら……あなたを好きになるのか、分かりません」
「……」
「お兄さんみたいだと思うのを、超えて、愛する相手だと思うにはどうしたらいいのか、分かりません」
「……お兄さんのままじゃ、だめ、なのかな?」
「あなたは妹とセックスができるんですか」
「ううん、おれは君を妹の1人みたいだとは思うけれど血が繋がっているなんて思ってないからね。……都合が良すぎるかな」
眉をひそめる彼女を、メリルがそっと覗き込む。
「……苦しい?」
「苦しい」
喉を押さえていた彼女の手は、胸に移動した。
「……両方、っていうのはやめたらいいんじゃないかな。もっと苦しむだけだよ」
「両方……、そんなこと考えていません」
「本当に? セフレもなしだよ?」
メリルに念押しされて彼女は神妙に頷く。
「分かってる……余計苦しいだけだって」
「そう。じゃあ、彼か、おれか……ってことだよね。おれと一緒になるのならきっとおれが幸せにしてみせる。……彼と一緒になったら、たぶん幸せになるために苦労はするだろうね。でも君自身が幸せを掴み取れる」
「苦労をするかしないか」
「……だね。だって君はうんと苦労してきてるんだよ、既に」
彼女は首を横に振った。
「……あたしは彼を愛しています……」
震えながら言った。
「苦しむけれど?」
「苦しいけれど……っ」
――でも。
緑の目をふるっと揺らがせ、彼女は彼を見上げた。
「その心さえ捨てれば、……あたしはきっと幸せに、なれます、か」
途方に暮れた彼女の心はどこへ行きつくのでしょう……。