⑮ 迫る不信の波
――目の前の彼と一緒にいたら。彼と得られる幸せとは。
彼女はため息をついた。
撫でられた頬が熱いのを感じて。
「あたしは……あなたといると、安心します。間違いなく。はらはらしたり、気がおかしくなったりは、しません。本当にお兄さんみたいです」
彼女はそっと彼の手を頬からはがした。温もりが頬から去っていく。
スキンシップに溺れたくなかった彼女はその手も解いて続けた。
「あなたはいつも落ち着いていて、どんな話でもちゃんと受け答えしてくれます。身勝手とは言いますが他人に対しても自分に対しても同じくらい客観的で、公平性はあたしよりも随分あると思います」
「……」
「ここにいると、気持ちいいと思います」
「気持ちいい?」
「心地よい、ってこと」
「気持ちいい」。そう口にしたことで彼女はいくぶん喉のつかえが取れたような気がした。小さく息をついた。
「精神的にも肉体的にも気持ちいいと思います。――肉体的に、」
それでもメリルの青い目はじっと見続けられず、ふらりと目を伏せた。
「肉体的に、……体の相性はいいのかもしれないと。――あなたとのセックスは、正直、気持ちいいと思ってしまう」
「……」
「もしかしたら、後はあたしの気持ちだけなのかもしれません。あなたの気持ちと身体、それとあたしの身体はついて来れている」
「でも――セックスの時に君の体がどうのっていうのは、本能だよ」
「本能だとしても、……あたしはあなたを受け入れてしまう。正直彼との時だって本能が反応します」
彼女はぎゅっと眉をしかめた。つかえが取れたはずの喉は再び焼けそうに熱く、乾いてくるのが分かった。
「誰でもいいってことは全くありません。あなたと……セックスをしたいと思ってしまいます。きっと、体が欲しいと思うから」
「そういうセフレ止まりだってのか? 君の中では?」
メリルの語気はいささか怪訝そうに強まったのだった。
「……ごめんなさい、でも――それじゃしんどくて、ほんとうに……っ!」
――罪悪感なのかしら。大好きな彼じゃなくて、違う男に抱かれて「気持ちいい」と思ってしまうのが後ろめたいのかしら。
訪れた圧迫感で彼女の声は潰れていった。
「でも……、このまま彼を愛するとしても、あたしは苦しむだろうし、これから傷つくことばかりだと思うんです」
焼けたような喉を手で押さえる彼女。それでも言葉を吐いた。
「……あなたを、心から……。そういうセフレじゃなくて、ちゃんと好きになったら、……たぶん幸せになれるんだろうなって思います……」
「――苦しむことも傷つくことも含めて初めて、一生分の愛ができるんじゃないかな、とは思うけどね」
彼女はひゅっと息を吸ったきり上手く吐けなくなった。
――苦しめと言ってるの、この人は……?
拭えない不信感にむかっとして言い返した。
「どうして、いいところであなたはあたしを突き放すんですか……!」
「君を完全に愛しきって、溺れていくのを、まだ食い止められるからだよ」
「――」