⑫ この静けさは……
気づいたら夕方になっていた。
ずっとテーブルの前に座っていた。ご飯はお昼に1度食べた。後は紅茶を淹れては飲んでを繰り返してばかりだった。
メリルが帰ってきて、早速夕飯を準備しようとするので一緒にキッチンに行った。
「手伝います」
「いいよ。何か疲れてるみたいだから座ってなよ」
「疲れてる……?」
ぼんやりと呟く彼女の頬に彼の唇がそっと触れる。
何回かそこでキスをした。
「本当にすぐ終わるから。――それとも何、待てないくらいお腹空いたの」
「……」
思わず彼の目を見てしまう。見つめ合った。
茶化すような口を利いたものの、彼は静かに微笑んでじっと見てくる。
「ハンバーガーじゃ、ないんだろうなって。そうなると、準備要るだろうから手伝おうと……」
「――フフっ、確かにハンバーガーじゃないけど」
頬をちょんと撫でられて首をすくめた。
そしてもう一度キスをした。
「そんな手の込んだものは作れないよ。ごめんね」
「……」
ほとんど彼の面影が残らない唇に自分の指を当てる。茫然と。それくらいの軽くて優しいキスだった。
実際、ご飯はオーブンで焼く作業だけだったらしく、すぐに食卓に連れて行かれた。
いつの日かパスタにかかっていたひき肉とトマトのソースが、今日はチーズと一緒に冷凍のパイ生地に包まれてオーブンに入れられて、ミートパイになって出てきた。
「手は込んでいない」らしいが、彼女にとっては十分ごちそうのように見える。パイ生地を扱うなど、母方の家系に代々伝わるアップルパイを作る時くらいだった。
「冷めちゃうと困るから、先に食べちゃおうか」
隣に座った彼はそう言った。言いながら紅茶をさっと用意してくれる。
いい匂いだった。彼女は黙って味わった。
彼女の好きな味だった。チーズが好きなのだから尚更。
「あふっ」
隣でそんな声がしてフォークをかちゃんと置く音がした。
見ると、メリルが口元を押さえつつはふはふと冷まそうとしている。
「……猫舌なんですか」
「――」
彼は黙って頷いた。それからごく、と喉が動いた。
「わりとね」
「そうですか」
「えっと、熱くなかった?」
「熱いですね。でも大丈夫」
「そう。ならいいんだけど」
――そう言えば紅茶もずいぶん待ってから飲むわね。
大学で会っていた時も、そう言えばそうだったと思い出された。
焦っているのだろうか。ゆっくり冷ますのを忘れたということは。
夕食の後、お皿だけは片付けた。
紅茶は淹れ直す。
「――で、どっちから話しますか」
丁寧に尋ねるメリル。彼女も淡泊に聞き返した。
「あなたの話は短く済みますか」
「君次第でしょう」
「……あなたの話を先に教えてください」
「いいでしょう」