⑥ ちゃんと食べて
翌日は何とか彼を外に出させることに成功した。さすがに外で彼女の服を脱がせることはないだろうと思って。
まず食事が心配だったので、レストランに連れて行って何かしっかりしたものを食べさせようとしたが彼は食べる気がないようだ。メニューでなくて彼女のことを目を細めて見ているばかりだ。
「ちょっと――、あたしの顔には何も書いてないわ……」
メニューを彼の顔の前にかざしたらものすごい力でメニューを、彼女の手ごとテーブルに押し付けた。
「いたぁっ! なによ! 乱暴しな――」
「邪魔なんだよそれ」
「はあっ!?」
手をさする彼女のことを彼は満足そうに見つめている。
ひとまずふたりで一緒に食べられそうな料理を注文した。彼が本当に食べなかったら困るので1人分にしておく。
注文してから随分経って、彼が徐に彼女の赤くなった手を包むのだった。
「痛かったな――手……」
「何よ今更」
頬を膨らませた。しかしはたと思いとどまる。
「――今、気分はどう? 落ち着いてきた?」
「……たぶん。いつも通り」
彼女はほっとした。多少なりとも落ち着いた声が返ってきて安心した。
もしかしたら普通の会話ができるかもしれない。
「お腹空いたんじゃない?」
「いや」
「本当に?」
彼の顔を見たが、目を既に伏せていた。
はっとした。
適度な横目。学生の頃からよくする目つき。人を直視できない性格は今も健在だ。
すっかり痩せこけて顔色も悪い。
けれども、綺麗だった。
「果てる直前に輝く命」。彼女の胸の中がじわじわと憂愁に閉ざされていく。
――どうしてこんなことを感じてしまうのだろう。
まるで前までの彼は戻ってこないみたいに。
彼女の手が小さく震えた。
しかし、そんな手を包むのは彼の大きな手だった。本人は宙を眺めているが。
――このまま彼を失うなんて嫌。不健康に彼を奪われるなんて……。
もう彼を奪われたくなかった。何者にも。どんなものにも。
「――おねがい、だか、ら」
彼女の声は震えて潰れかけていた。
「……どした」
彼の声はどうしてこの期に及んで落ち着いているのだろう。
ちょうどその時、ひき肉とトマトソースのグラタンの大皿が彼らの元に届いた。
やむを得ず手を離す。そのお皿を彼の方に押しやった。
「ちゃんと食べて……おねがいだから……っ」
「……」
彼女は歯を食いしばって、泣きそうになるのはこらえた。
また泣いてどうにかしようとするなんて、弱っちい女だと思う。
だから、ぎゅっと目を瞑って耐えた。
ぶるぶる拳を握り締める。
「……冷ましてから」
彼の声と共に、かちゃ、とフォークが擦れる音がする。
彼女は目を開けられなかった。
その音を信じるしかなかった。
「この……何かよく分かんないけどチーズかけていいか」
黙って頷く。