⑤ 海を鎮める天使
「設計の前に企画から練り直しだ。――戦略のことを考えなければ面白い企画だったのに。……理不尽だ。たかが研究所のくせにいつから営業に媚を売るようになったんだか」
――何なんだか分かってないんだよ。ていうか分かんねえな。
自分でも乱暴な口だったとは分かっていたが、止められない。
ろくに鼻もかめなかったので鼻水だって酷い。
「……うちの大学研究所ってほとんどが開発担当だからさ。そこで企画を練るのって時間かかるんだよ。もう半年かかるって言ったら、冗談じゃない学会に間に合わないって……どっちが冗談じゃねえんだか」
冷笑してポテトをつまむ。
「いい加減にしてくれって話だ」
いくら噛みちぎっても煮え切らない。
「ま、でも言い訳ばっかしている場合じゃないから。明日から早速メーカーに直接問い合わせてもう一度意向を確認する。売り場の現場に出て調査するのと、つてをたどって市場調査だとかについてもね……、作戦会議が急遽組まれた。今日だけで色々動いててまったく疲れた」
彼は立て続けにポテトを口に放り込んだ。おかげで喉を詰まらせそうになった。
「ったく……っ」
胸をとんとん叩く。
気を揉んでウイスキーの入ったグラスを取ろうと手を伸ばしたところに――彼女の手が重なった。
どきりとして彼女の方を見る。
「……おみずがいいんじゃない」
「……」
手が離れて、彼女が腰を上げた。
「……ありがとう……」
彼女が持って来てくれたペットボトルの水を受け取って、口に含んだ。
全く落ち着けていなかった。
「ごめんね、変なこと愚痴ってしまって」
「……」
そう言い足すものの全くフォローになっていないだろう。
ふ、と彼女の腕が動いて、自分の服の袖を掴んだ。
「……どう、したの」
尋ねるとくい、と見つめられた。相変わらず彼女の緑の目は潤んでいる。
「……あなたは、……これ以上、壊れないでいてほしい、です」
「――」
――きっと今頃病院にいる彼のようにはならないでほしい。
暗にそう言われている気がした。
――あの男も理不尽な扱いを受けたんだろう。
直接話したことはなくて、比べるものでもないが、あの男とはやはり違う。
メリルは、不覚にも自分は彼女に助けられたような気がした。
掴まれた腕はメリルを引き止めるのだろう。
目の前にいる彼女が愛おしい。
そう思った時には彼のやさぐれた心が解れ始めていた。
やっぱり彼女は「天使」なのだろう。
たとえ不本意でも、メリルを助けてくれるなんて。
だから、その手に応えるように「愛して」いるのに、どうしてそれは違ってしまうのだろう。
――ハンバーガーとこの酒みたいなもんか。