② 意外と知らないことだらけで
西海岸と言っても海よりは山の近くだった。「住みたい街」としてよく挙げられるのは知っている。出て来てみて初めて良さを知ったところもあるが。
「都市開発と環境保護のバランスが本当に絶妙でね。……もちろんここらだって公園だとか緑はあるけれど、地元の方は自然には手を加えないってのを徹底してるみたいだ」
「じゃあ、きっと空気綺麗で、もっと自然豊かなのね」
「ただね、雨がめちゃくちゃ多くて。引きこもりばかりだよ」
肩をすくめる彼。
意外そうに彼女がへえ、ともらした。
「だからおれだって引きこもってゲームばっかしてたけど……まあ、外遊びに行くよりは屋内で自分のことするのが好きだったから全然気にしてなかった。――病む人は病むだろうね。雨ばっかりじゃ」
「……そうなの……」
彼女の口角が少しだけ上がるのを見て、彼は心底ほっとした。
泣いていたから気がかりだった。
――穏やかな顔が戻って来てくれてよかった。
「君はニューヨークにずっといるんだっけ」
「そう」
「ほんとに生粋の市民?」
「……あたし自身は、生まれも育ちもここで」
「――親御さんはそうでもないのか」
「パパがドイツのハーフだって言ってなかったです、か」
「初めて聞いたよ。てことはクォーター? ドイツ語も喋るの?」
こく、と頷く彼女。
「へえ、それはいいね」
「ドイツ語の授業、飛び級で即単位にして」
「あーなるほどね。そういう手も悪くない。いずれにせよ、君自身は市民なんだね」
「話を逸らしてごめんなさい」
「いや。情報を得られて嬉しかったよ」
いつの間にかテレビ番組そっちのけで会話をしていた。
彼自身は全く構わなかったのだが。彼女と一緒にいて、彼女と話をしたいのだから。自分と話している間はテレビはBGMでいいと思ってしまう。
――自分勝手だ。やはりこれは自分の都合の押し付けだろうか。
「――ずっとここにいるともはや分かんないかもしれないけれど、自然と共存するのが当たり前でわりとのんびりしてた分――ニューヨークは、何て言うんだろう……」
彼は目をふっと伏せた。脳裏に浮かぶのはこの騒がしい街の様子だ。わいわいと賑やかな街の雑踏。行き交う乗り物。我こそはと立ち並ぶ建物。
「そう……ぎらぎらしてるなって感じた。街自体が何だか忙しそうで。でも生き生きしてることは間違いないね。――息苦しい、っていうと語弊があるけれど。こっち来てアレルギーは若干酷くなったきらいがある」
「……そう言えば、向こうは税金がないんでしたっけ。だから暮らしやすそう……」
「うん、生活は随分しやすいだろうね。こっちじゃ物価が高くて参っちゃうね……その分賃金は高めとは言え」
「めまぐるしい勢いでお金が回っている」