① 穏やかに身を預けて
メリルは次の日の夕方、研究所から帰ってきてからベッドの上に座って携帯を見ていた。
すぐに疲れていたのか横になって寝入ってしまった。
ふと気づいて目を開けると、自分の上に人の顔がある。
「――」
今自分の家に滞在させている彼女だった。
「アンジー……?」
かぶさっていたのは彼女で、その唇が今自分の唇と重なった。
初めて彼女からキスをしてくれた。
心なしか震えている。
胸が熱くなり、彼女をぐいと抱き寄せた。
もっと深いキスを返した。
彼女の頭を抱きしめて、もっと熱い口づけにした。唇に触れるものは全て吸い寄せて貪った。
「おいで……」
彼女がベッドのたもとに膝をついていると分かった。もっと傍に来てほしくて身体に手を伸ばした。抱き上げるようにして自分の身体の上に導いてやる。
「……」
何も喋らない。
震えていると思ったのは気のせいではなくて、身体が触れ合うといっそう震えているのが感じられる。
彼女が怯えつつここにいるのだと分かった。
――怖いのだろう。もしくは罪悪感で震撼している。
メリルという、言うなれば「他の男」に自らを許してしまうのが。
緑の目はゆらゆら揺れる。今、ぽと、と涙を落とした。
「……だいじょうぶだから」
彼は彼女の身体を抱きしめた。
「君は何も悪くない……。だいじょうぶ、おれが一緒にいるから……」
――おれが君を愛しているから。おれは何も拒まないから。
「いつまでだって待ってる……ね……」
彼の首が濡れた。
彼女の頭を抱いて、触れる髪に、額に、そっとキスをする。
てっきりお腹が空いたと訴えてきたと思ったのだが、その後彼女は何をするわけでもなく、じっと黙って自分の腕の中に納まっていた。
うとうとしかけた彼は、ふと外が真っ暗なことに気付くのだった。そこで初めて、さすがに夕飯時かと分かった。
「……ご飯食べようか」
「……」
彼女を抱きかかえながら起きて、一緒にリビングに連れて行った。
「ちょっと待ってて。テレビでも見てて。簡単に用意しちゃうから」
とは言え、冷蔵庫には大したものが残っていない。
――冷凍食品でも使おうか。
パスタがあったので、それを2人分用意した。レタスとベーコンを冷蔵庫からごろごろ出してきてシーザーサラダにしてお皿に盛った。
こうして若干やっつけ感のある夕食ができた。学生だった頃も、研究員として働き出してからも、冷凍食品は重宝していた。レストランに食べに行くのは面倒だったから尚更。
彼女は紅茶を用意しながらテレビをぼんやり見ていた。
隣に座ったところで、ドキュメンタリー番組らしきものが始まった。
「……あの街……」
「おれの地元だね」
「住みやすいって聞いて」
「……まあその通りだよ。行ったことある?」
「ない」
「気が向いたら行ってみなよ」
「はい」