⑪ こんな男なんかきらい……
次の日も一緒のベッドに連れて行かれ、無抵抗に抱かれてしまった。
彼が本気だということだけは伝わった。
そして布団の中で彼は彼女を抱きしめ、離そうとしない。――これも図らずも、彼女の心を疼かせた。「今はここにいない彼」とよく似ていたから。
「可愛いね……可愛かったね、君」
――もっと夢中になるよ。大好きだよ。
背中越しにそんな甘いことを囁かれる。
まだ彼の息は熱い。その熱は彼女の息を詰まらせた。
「……どうしてあたしを可愛いなんて言うの」
「おれは嘘を言えないからね」
「答えになってないの」
「――鋭いな」
聞かれて彼はぐっと身を乗り出した。唇にキスを落としてから、目を細めて彼女の髪を撫でる。
「君はあまり自覚してない、というか真っ向から否定するみたいだけど……そんなに否定するほどひどくない」
「大体の人はそう言う」
「だから、それは大体の人は君を可愛いと思っている、従って君は多少は可愛い、って自分で認められない?」
「信じたくない」
「人間不信か?」
彼は困ったように微笑んで、くたっとする彼女をやんわりと抱擁した。
驚いて首をすくめる彼女に、大丈夫だからと言ってやおら口づける。
「本当のことなんだよ。……可愛いよ、アンジー」
「……たくさん言えばいいと思ってるの」
「素直じゃないんだね」
「うん」
「それは認めるんだ」
「自分で納得する」
「なるほど。――じゃ納得させてやるしかないね。君自身が可愛いってことを」
「……しない」
「そんな意地張るところか?」
「やなの、あたしはそんなことで好きになられたって……」
「――じゃあおれの語彙力のせいだろうね」
「語彙力?」
「今のところ、君を褒めるのに『可愛い』と形容するしかないんだ。もうちょっと言葉を勉強すべきだったね」
――そんなの無駄なのに。バカバカしくて、そのくせ胸が痛くて。彼の言葉が受け取れないのは当然だと思うのに。
彼女は顔をしかめていた。当惑が過ぎたように。
――こんな嫌な女なんだわ。それじゃどれだけ「可愛い」と言われても納得するはずがない。
彼だけでなく自分自身にも呆れたように、彼女はため息をついた。
自分が考え事をしている間に相手の男は寝てしまったと彼女は思ったが、彼はしっかり起きていた。
あまりにしっかりした声で話しかけられ、彼女の体がびくっとした。
「君はおれのことを拒まなかったよね。多少は好きになってくれた?」
「……そんなこと」
「それとも好きでもない男と関係を持てるような女か?」
「……関心がない、わけじゃ、ない」
「ならいい」
「……口でひたすら口説く男はきらい」
撥ね退けるように言葉が出ていた。それか彼女の中にある「絶対」を守りたかったのかもしれない。
でも本当は、とうに揺さぶられてしまって、自棄かもしれない。
「褒めればいいって思うのもきらい」
「悉く嫌われてるね」
「あたしがきらいって言ってるのに、愛してるって平気で言う無神経がきらい」
「――ありがと。改善点をたくさん教えてくれて。その方が何を直したらいいのか分かりやすくていいんだ」
「……ん――っ、無駄にポジティブなところも――」
――きらい。
好きになんてなれない。
優しい口づけを落とされる。
――こんなに優しいキスなんか……きらい。
優しい口づけをされるのが本能的に気持ちいいと思ってしまう。そんな自分さえ嫌いになりそうだ。
本能的に気持ちいいと思うから拒めない、弱い自分など。
「……いつか好きになってくれる?」
「や……」
キスの合間に、わずかに触れる唇が動く。
「今すぐなんて言わないから」
「いや……ぅ」
「そんなに嫌なら、早く拒んでくれったら」
「ぁ……っ」
「拒まないのはどこかに受け入れる気持ちがあるからなんだろ。本当に嫌ならさっさと拒んでくれないと、手遅れになるよ……おれは君が思うほど生半可に君を欲しがってるわけじゃないんだ。拒まれないと分かったら喜んで手に入れるだけだよ――」
強く唇を塞がれる。
拒もうと思った。
そこまで言うのなら、言う通りにしようと思った。
彼の頬を引き離そうと手を出す。
触れた途端、彼女の手に力が入らなくなった。
手はぐったりと重そうに、相手の肩の上に落とされてしまう。彼が落としたのではなくて手が勝手に落ちて行ったのだった。
自分の弱さを知った彼女。弱くなってしまったことを知った。
しかも、メリルはその弱さをしかと受け止めてくれるのだった。受け止めて愛してくれる男なのだ。