⑩ 綺麗だなんて
彼女を抱いて微笑むメリル。
彼女はこんな男の顔を見たことがなかった。――愛おしい。食べてしまいたい。彼の顔には堂々と書いてあるみたいだった。
上気した赤い頬。切なげに自分を見すくめる青い目。感動なのか哀しみなのか潤んで海のように揺れる青い目。
しっとりと濡れて彼女に囁きかけ、絹のように柔らかく包んでくれる唇。
鼻水が若干苦しいのか、ずぅ……と音を立てる鼻。はあ、ふう、と乱れる呼吸をする口。時折唾を飲んで上下する喉。
彼の体はいとも慣れたように彼女を捕まえるのだった。
寝室のほの暗い明かりでも白く際立つ彼女の体を。生まれたての蝶々のような柔らかい体を。
華奢で鎖骨のくっきり現れた肩も、小さく震える胸元も。海を臨む森のように濡れて潤む緑の目も、こぼれ落ちそうに熟れた唇も。
彼は捕まえることができて感嘆したように淡いため息をもらした。
「――綺麗になったね、アンジー」
「……」
そんなことなど言われたことなかった。不運にも、先に彼女を抱いてくれた幼馴染の彼はメリルよりも遥かに無口で内気だった。
「あの時より遥かに。――こんなに……、可愛い君を、もう放っておけない」
「ぁ……っ、んぅ」
そんなことを言っても無駄だと思う刹那に――身体を唇で撫でられて彼女は無抵抗になるのだった。
――どうして、気持ちいいなんて思うの……。
悔しいけれど、否、怖いけれど、体は許容していたのだった。
――熱情は同じなのね。
彼女が大好きな幼馴染の彼が熱情を内に秘めてできた熱い体で彼女を熱くするのに対し、メリルは熱情をまず彼女に放って熱くする。
――知りたくなかったわ。他の男なんて。「他の男も気持ちいい」なんて。
「……よほど愛されてたんだね、君は」
「だから何なの――」
「いや、何でもないよ。参ったね、平静じゃいられなくて……」
とっくに平静を失ってるからこんなことをしてるんでしょう、と彼女は言い返したかったが、すぐに口を塞がれて叶わなかった。
彼女は目を閉じた。急激に訪れる快感を打ち消すように時折眉をしかめた。
――そこまで綺麗になったとしたら。
――それは、あの男の力……。
「君が処女じゃないことは知ってるんだ。もういいんだ……今からでも、おれでいっぱいにさせてあげる」
「あたしは――あぁ……っ!」
くすぐったくて限界であった。
「今は、おれが君を愛してる……」
悲しくも、彼は「今は」と付け加えるしかなかったのだ。