表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/98

⑧ 香しい口づけ



「安心して。おれお酒には強いから。よく家で飲むんだ」


 メリルに連れて来られたのは彼のアパートの部屋だった。


 広くはない。ワンルームのリビングとキッチン、バスルームという簡潔な部屋だ。ものは整頓され、綺麗に掃除もされていた。


「これ食べて」


 テーブルの前に座る彼女の前にナッツの入った小皿が差し出される。


「栄養もあるしお腹にもたまるからね。――何か飲みたいならいる?」


 白ワインの入ったワイングラスを勧められたが首を横に振る。


「ワインはちょっと」


「苦手? そうか。じゃあ無理強いはしない。まずはちゃんと食べて」


 ワイングラスは彼が自分で飲み始めた。


 彼女は目を逸らした。ワインなど、それが入った瓶など、見たくない。


 どうしようもなくてナッツを口に詰め込んだ。


 また涙が出てきた。


「……そんなに美味しかった? 無添加のローストナッツなんだ。まだあるからさ。お水とかいる?」


「お水……」


「オッケー。ちょっと待っててね」


 その間にも彼女は夢中でナッツを口に含んだ。そうでもしないと、泣き叫んでしまいそうだったから。


「……っと、冬眠前のリスみたいだ」


 彼はそれを見て微笑み、彼女を抱擁した。


「可愛いね」


 それから額にキスをされた。


「病んだ女を可愛いと言うなんて最低……っ」


「大丈夫。おれが元気にしてもっと可愛くしてあげる」


「うう……」


「もう泣かないでくれる。ティッシュはおれの必需品なんだ。これじゃストックがあっという間になくなっちゃうから」


 彼は相変わらずアレルギー体質だった。ことあるごとにティッシュで鼻をかんでいた。


「着替えがないから帰る……」


「着替え? んー、そうだよね。今日だけ我慢してくれる? 明日買いに行こうか」


「……明日……?」


「君来週までニューヨークにいるんだろ? 来週までは何とか、快適に過ごせるようにさ。ご飯は心配いらないよ。おれが用意するから」


「あたしここにいるなんて……」


「いいんだよ。それで。君を元気にしてボストンに送ってやらなきゃだから」


「……」


 口に物がなくなったので水を流し込む。


 つやつやに濡れた唇を――そっと彼の唇が包んだ。


 彼と初めてキスをした。


 芳醇な唇だった。彼女を酔わせてもおかしくない。事実、「拒む」という選択肢を彼女から奪ってしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ