⑤ 痛いところを
「よかったよ。それならこっちも割り切れる。――彼は……おれとは違う研究所だから『あれ以来』直接会ったことも話したこともないんだけど、噂には聞いているよ。やっと若いイケメンの博士が雇われたって、女たちが騒いでいたさ」
「面倒なことに」
「それには同意するよ。――婚約者がいる、だから彼は決して誰の誘いも受けない、とんでもない高嶺の花のように扱われていた。それでも彼を汚そうとする輩はいたらしいけどね」
「迷惑です」
「おれだって迷惑だよ」
「――」
困ったように肩をすくめている。意外にも意見が一致して、もしかしたら笑うところだったかもしれないが、笑えなくて彼を見つめるしかなかった。
「みんな上ばかり見てやがる。まあ、それが君とのことだって何となく察しはついてたよ。ついに婚約したんだって。さぞかし幸せだろうなって。――今日君に会うまではね」
「でもロンが休職しているのは……」
「それも当然聞いた。輩たちがやっぱり騒いでいたから。一体誰のせいだか、って感じだけどね。これでひとまずあいつらも冷静に戻ってくれることを願うけれど。……さて、となると君たちには残念ながら不幸が襲ってきたってわけだ」
「ざまぁみろ、ですか」
眉を下げて微笑みつつも小さく首を横に振る彼。
「そんな卑屈になるなよ。自分で不幸に飛び入るようなもんだよ」
「……」
どうしてそんなに穏やかなのに哀しそうな顔をしているのだろう。自分の顔がそうさせているのだろうか。
きっと急にこんな話をしに来られて当惑しているのだろう。
後ろめたさを覚えながらも中途半端に話を切り上げて帰りたくはなかった。前にも感じた、彼の理解力と冷徹な観点からの発言。冷淡を隠す穏和な微笑み。どこかでそれらにすがりたかったのかもしれない。
「家族も、誰もかも、もう彼には会うなって言います。彼は気が違えて元に戻りそうにないからって。彼は、この間、瓶を割って……首を切ろうとしたみたいで」
「まさか首切って死のうって言うのか?」
「でも、そうしていたら案の定……怪我をしたみたいで」
「……」
同じ大学の、近所の研究所でそんなことをしでかした男がいるとは信じられないのだろうか。メリルは眉をひそめた。
「そりゃ、そこまでやられたら会わない方が身のためじゃないかな」
「いやです」
「なるほど――君だけが、彼に会いたいと思っている」
「とても」
「おれに話しに来たのは、――おれには『会うべき』と認めてほしいから?」
「……え?」
意表を突かれた気がする。
そんな彼女を見て彼は呆然と肩をすくめた。
「誰でもいいってことはないだろうけど、誰かにはそう承認してほしい。――要はただの承認欲求だよね? おれにはそう見えるね。誰かにさえ認めてもらえれば、踏ん切りがつくから」
「……」
「あんまり変わんないね。実は臆病な女の子なのは」
どきりとした。自分の目が怯えていたのだろうか。自分では分からない。
「仮にそうだとしたら、あなたは何て言うんですか」
「何て? おれはこう見えて優しいから、特に何も言わないよ」
「どこが優しいんですか」
「分からないなら無理に考えなくていいよ」
承認欲求。
いざはっきり口に出されると複雑な気分ですね。
はて、メリルはどう出てくるのか……アンジー(彼女)は思いを上手く伝えられるのか。
会話がしばし続きますがよろしくお願いします。