① 電話から、絶望
「アンジー、ロンにはもう近寄らないでほしいんだ」
電話に出るなり、彼の父親から告げられた彼女。
「で――でも、あたしいつの間にか家に連れ戻されてたので、あの時彼に挨拶できなくて」
「あの後、やつもうちに連れてきたんだけど、どうも気を可笑しくしちまって……。ずっとアンジーのことを探して落ち着かねえ。おうちにいるって言うと『ここにいない』って言って聞かなくて」
すっかり疲弊したようなトーンだった。奇しくもそのトーンが息子の普段の声によく似ていて彼女は胸が痛くなった。
「ついに――昨日、何を間違えたか、ワインの瓶を割って首を怪我した」
「――!」
――嘘でしょう。
彼女の顔からぞっと血の気が引いた。
「そんなこんなで入院してるんだ。おれたちがどうにかするから、アンジーは会わないでくれるかな」
彼女は息が止まるかと思った。全てが凍り付き、衝撃を和らげるものはどこにもなかった。何とか空気を押し出すように声を出した。
「ちょっと良くなったらお見舞いに――!」
「ううん、だめだ」
「どうしてですか……? ちょっとでも元気になったら……」
「やつはもう元気にならねえんだよ」
「……」
「いいかい、君たちが働き出してから、もちろん遠距離だったから半年に一度だけ会ってたんだろう。――君と会う度にやつは気を可笑しくして仕事に行けなくなったり生活がままならなくなったりした」
「あたしのせいだって言いたいんですか」
「落ち着いて聞いてくれるかな」
強い口調に、彼女は思わず怯んだ。彼女もほとんど聞いたことがない硬い声だった。従うしかない。
「アンジーのせいじゃないんだよ。君があの子を愛していることに何も間違いはないしおれたちもとても嬉しかった。――だけど、それが少々今のやつには刺激が強すぎた。やつだって君を愛していた」
――それなら。
言いかけた抗議の言葉は涙に埋もれて声にならなかった。
「だからこそ――離れることに……君が帰省を繰り返すことで離ればなれにならなきゃいけない状況に耐えられなかったんだ。不幸なことに職場で抱えていたストレスもあってやつの精神状態は最悪なんだ」
「……」
「近づく、とはどういうことか? ――いつか離れるってことさ。だからだよ。だから近づいてほしくないんだ」
「……ごめんなさい。でも……」
「君自身を、これ以上傷つけたくないんだよ。何かあったら、また連絡するよ」
電話は一方的に切れた。
――嘘。あたしを傷つけたくないなんて。
無音になった電話。彼女の手が力なくそれを手離した。
――傷つけたくないならむしろ会わせてほしいのに。今すぐとは言わないから。彼の状態が落ち着いた頃でもいいから。
「どうして……?」