⑦ 言葉のナイフは一瞬
「だめ――っやめてロン、いっかい、やめ――っ!」
必死で頼むも彼はやめそうにない。
これでは自分が先におかしくなりそうだ。とても話ができたものじゃない。まず彼に解放してもらわないとなのに。
既に彼は彼女のことを強烈に欲していて――独占欲でいっぱいだ。
――もう離れたくない。
その気持ちは十分に伝わってくる。分かっている。こんなにも好きなのだと。自分も一緒だから。
「でも――っ、こんなこと――っ」
「なにがいやなんだ!」
「なにもいやじゃないの――っ! でも!」
「アンジーっ! どうしたらアンジーが手に入る? じゃあどうしたら――っ!」
「いた――いの、ロン、まってったら……っ!」
裂かれるような痛み。いつの間にか快感は消え、痛みに変わってしまっていた。
「――おねがいまってっ、ほんとに――っ!」
「いやだ!」
「いやじゃないのっ! おねが、い!」
声を荒らげると同時だった。彼女は彼を平手で突き飛ばした。彼女の身体も心も限界だった。
相手は同世代の男だったけれども、簡単に転げて、丸まってしまった。
「ロン……ごめんね……ごめん……っ」
やっと解放されたものの彼女の身体は疼いてじんじんとするばかりだ。
「いたかった、の、ごめ……ん……」
彼が図らずもあっという間に大人しくなった。
謝るのは変だと感じつつも彼女は――涙を流しながらごめんねと言って、金髪の頭を抱きしめた。
相手は肩で息をしている。叫んだり彼女を押さえつけたりと疲れてしまったのだろう。
「信じられないのか!」と――彼の悲痛な叫びが彼女の耳に残っていつまでもこだました。
彼女は震えながらぐったり彼の体に身を預けた。
彼女が彼に向ける信頼や許容が、彼自身の存在意義だとしたら。それが彼の「生きる意味」だとしたら。彼が本当にそれを拠り所にしているのだとしたら。
――傷つけてしまった。あたしの身勝手な言葉で。
――どうしよう。
痛かったのは彼も同じだろうに。体に攻撃しただけでなく、言葉でも。
「ごめん……ね、いたかったね……そうでしょう……」
彼も全身震えている。彼女自身が知っている以上に繊細で一途になっていたらしい。
彼女を失うことは、それこそ彼自身が取り残されることだとしたら。自分だけが生きているくせに周りの生命は全て終わりを告げている。何も見えない暗闇で独り。
彼自身が生きていることは、こうして彼を苦しめる。
――どうしよう。
彼女は黙って彼を抱きすくめることしかできない。
そして彼女は気味悪さを無性に感じた。自分が今抱いている頭が血を流しているようにじっとり濡れているのだった。
――人を殺めるのは……一瞬なんだわ。不幸にも……言葉なら準備も要らない。