⑥ すき……すき
「そんなこと――っ!」
――こんなところで言わないで。
もっと、ふさわしい場面はあっただろうに。
相手は今酔って正気を失っているから言っても無駄だろうが。
彼の手が彼女の濡れた服を脱がせた。酔っているせいかがくがく震える手で。
「アンジー……! ずっと、おれの……っ、いっしょだ……」
ない胸に顔をうずめられる。すぐに唇が食らい始めた。
「は――ぁっ、だ、め……っ!」
彼の唇の間からは、甘くて熱い情欲に濡れた舌が出てきた。彼女の正気を完全に溶かし切るだろう。
いつの間にか何の隔たりもなく白い肌だけが触れ合っている。
彼がまた自分の名前を呼びながら、彼女の身体を、顔を――それこそ犬が懐いているように――撫でて舐めつくそうとしていた。
「っ……うう、くすぐった、……あっ!」
首をきゅんと噛まれた。彼は本当に犬なんじゃないかと一瞬でも思ってしまう。
「ぅ――っ!」
「おれのもの……っ、おれの……!」
「あっ! いたあぁっ……!」
彼女は悲鳴を上げていた。歯を立てられてはたまらない。
それだけでぐったりしてしまう。首元の、歯を立てられたであろう部分がじんと疼く。
「もうどこもいかない?」
彼の声に反応して、うっすら目を開ける彼女。
彼もまた自分をじっと見つめているのだった。お酒に浮かされてむしろ据わってしまっている、鈍く光る眼で。
「う……」
上手く返事ができないでいると――勝手に微笑んで、唇を塞いできた。
「ん――っ!」
「もう……いっしょ、だ――」
そしてまた舌ごと喰らわれる。
また頬を、首を、鎖骨を、蝕まれる。
「だめ――……っ、ん……っ」
悲鳴は甘く消える。情けないほどにとろけてしまった嬌声。喉に喘ぎ虫が生まれたのかもしれない。
彼女は甘ったるくなった自分の声が嫌で「いや」とこぼした。
その声が聞こえたのか、否、聞こえただろうに彼は自分を見つめて満足そうに微笑む。
「アンジー……すき、だよ……すごく……」
「そんなこと――っ! いや……っ! こんなときに、いわない、で……!」
――正気の自分に言ってほしかったわ。喘いでいる時に言われても。
「アンジー……?」
唇を撫でられる。
「は――っ、いや――!」
「何で! 信じられないのか! おれのいうことが!」
「ちが、う――っ!」
どわっと逆上されて、彼女はいけないと思った。「いや」と言いすぎたのだ。誤解されてしまったのは自分が悪い。
けれども謝る隙を与えてくれなかった。
「ちが――っぁ!」
「こんなに! おまえをすきだってことが!」
すぐに噛みつかれる。もう手に負えない。
がん、と疼きが突き抜けた。今度こそ叫んだ。
「あああ――っ!」
どうしようもなく。今度こそ水風船が割られたように。割れる衝撃は寂しさとも悔しさとも後ろめたさとも取れぬ一瞬の感情で、彼女には何なのか分からなかった。
「おれのこと信じられないのか!」
「ちがうの――っ、――!」
「おれのこと――っ!」