② 酔うほど面倒
彼の様子が変わり始めるには30分もしなかっただろうか。
彼はだんだん、体の骨や芯がなくなってきたんじゃないかというくらいぐったりし始めて、彼女が何か話しかけても、「もう嫌だ」、「知らねえんだって」、「どうせそうなんだろ」など、すっかり諦念にまみれた言葉しか吐かなくなってしまった。
気づいたら頭を抱えてどんと両肘をついてうじうじしていた。
「ロン……だいじょぶ? お水……」
彼女はべらべら喋ってしまっていたので、ようやく口をつぐんで彼のグラスにペットボトルの水を注いだ。ちょうど空になった。
「ほら」
「――みず」
「そうよ?」
「みずじゃねえんだよ、こっち――」
「あっ、やだ、あたしのでしょう――!」
彼は彼女の、リキュールの入っていたグラスをかすめ取るとごくごく、それこそ水のように飲み干してしまった。
こういう時に彼の喉仏が映えてしまうのが恨めしい。彼の身体で好きな部分でもあったから。彼女も所詮酔っているのだろう。
残り3分の1程度であったからまだいいものの、むやみに飲まれてしまっては困る。
「ロンったら……っ!」
ふたりきりで飲むのは初めてだった。
――こんなに面倒だとは。一体どれだけ飲んだのよ……。
しかし彼女の記憶している限り、彼はワインを3回入れ、彼女が入れたリキュールを、彼女が飲む前にも1口2口くらいすすっていた。その程度しか記憶がない。
彼女自身は強いと周りからも言われるので、多少饒舌になって陽気になるくらいで済むのだが、彼がこれでは素面があっという間に戻って来てしまいそうだ。
「……だめロン、一旦……」
――お酒を撤収させよう。そして水を。
ワインの入った瓶とリキュールの小さな瓶を両手に持って立った。
ところが、隣でどかっと椅子が音を立てた。
思わず身を強張らせた。椅子を蹴り倒す勢いで彼も立っていた。
「な――に、トイレ?」
「アンジーどこ行くんだ」
「――ああっ!」
彼の手がばっと伸びてきて彼女の身体を捕まえるのだった。
「ああっ、やめっ……だめ、危ないから――!」
慌てて机に瓶を置いた。何とか落とすことは免れたものの――もう彼が自分を捕まえて離そうとしてくれない。
「どこいく!」
「どこも……っ、ただお水を取りに――」
「ああああっ!」
彼女の「水」という言葉は彼の喚き声にかき消された。
――どうしよう。どうしたら正解なの。
そうこうしている間に、彼女は壁にどっと背中をぶつけて、ぐぅと呻いた。彼が正面からがふっとかぶさってくる。
「アンジーはどこもいかない――っ」
「はぅ……っ、ぅん……っ」
お酒に、肉欲に濡れた唇で――じっとりと口づけをされる。
くらくらした。
自分が酔っているせいだ。――お酒にも、諦念にまみれてむしろ妖艶な彼にも。
いつもよりも初めから激しい接吻だった。ぐちゃぐちゃに濡れて溺れてしまう。
「う――ん……っ」
気付いたらどさ、と音を立てて尻餅をついていた。自分の足腰に力が入らない。
「お水のまなきゃ……」
それは半ば自分にも言い聞かせるように。