⑩ 自分が自分である理由?
「『ロミオはどうしてロミオなの』、か。本当にな」
「……どしたの」
「自分が自分であることを決めるのは、自分じゃないんだ、な。何だと思うのか他人に問うてるんだ」
「……」
「おれがおれである理由って? ……おまえが決める。……だってアンジーは……」
「――まって」
スコーンを片付けて、紅茶で水分を補給する。
「……あなたをロナルドと名付けたのはご両親よ。……でもなに? あなたはあなたよ。あの話はそういうことでしょう? 『あのバラという花は他の名前で呼ぼうとも香りは変わらない 』でしょう?」
「その話はそうだよ。――でも、それを決めるのは自分自身じゃないんだ。アンジーが、おれはおれだと言うなら、きっとおれはおれだ」
「あたしはあなたをロミオとは呼べないわ。でもあなたはあなただと思う。あたしが決めるの?」
「おれがロミオだかロナルドだか関係なくおまえがおれをおれと言うならば」
「……ほんとうに?」
「『君の小鳥になりたい』」
そっと後ろを向いて、額をちょんと突き合わせた。目をじっくり見つめ合う。
「『ええ、そうしてあげたい。でも愛しすぎて殺してしまうわ』」
――アンジー。
堪らなそうな声がして、唇をそっと塞がれる。
「……殺してくれ」
「ロン……」
そんなことを言われるとキスの余韻で胸が痛くなってしまう。
「おれじゃない。……おれの生きる意味は……」
「……」
つい目を開けて見てしまった。唇を離す。
「『だから接吻をして死のう』って言うの?」
「……ん」
「……いや……だめ」
「ん……」
「『温かいわ、あなたの唇』……」
――こんなキスだけじゃ殺せない。
震えながら口づけ合った。
「……これはスコーンの味だ。毒じゃない。騙された」
「意味わかんない……当然毒じゃない」
彼は強く彼女の唇を吸った。スコーンの残り香を消し去りたそうに。自分に移してくれと言わんばかりに。
――毒じゃないのに。
キスの後も離れたくなさそうに、自分を見つめてくれていた。また唇を重ねる隙をうかがっているような、希求で濡らした目をして。
「アンジーがいなきゃいやだ」
「そう言われたあたしがあなたを殺すと思うの」
「うん」
「バカなの」
「うん」
神妙に答えないでほしい。自分が毒に痺れてしまう。
「なにそれ……」
「おまえがそう言う」
だめ、と一言念押しする。
彼はゆっくり瞬きした。
「スコーン食べて」
「ううん」
「何でよ。……あなたはあたしのことがだいすきなの。毒だと思うならスコーンを食べなきゃ」
「……」
「あたしがそう言うってのとあなたがそう言うのは、そういうことよ」
観念したように目を閉じる彼。
「おれはバカだから先におまえを殺している。毒ならば」
「……ロン。……だいすき」
『』内のセリフは実際のシェークスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」からの引用でした。