③ 愛される悦び
する、する……と服が剥がされていく。しかし彼は上半身には手をかけてこなかった。
早く繋がりたい一心なのだろうか。
夏だから上も薄いブラウスという軽装だ。脱がせるまでもないというのだろうか。
そのうちにまた彼の身体がぐっとのしかかってきて、彼女は反射的に手を伸ばした。彼のしなやかな腕に触れた。
彼女は静かに彼を呼んだ。腕を掴んで。
すると、生返事が返ってきて、また視界に彼の顔が現れて近づくなり、濡れた唇が当てられた。唇をじゅっと塞がれて、狂わしいほど吸われて求められる。
懸命に意識を保とうとした。これっぽちも繋がっていないのに気を失うなんて。
ちょっとだけ目が合った。底なしの深い海のような青い目だった。こちらが吸い寄せられそうな、ある意味でそこはかとない空で「いっぱい」に見えた。奥底に秘められるのは愛だといいのだが、秘められた何かを覆い尽くして目に出ているのは虚空だった。
しかし今日の彼は激しすぎて狂いさえ滲んでいる。
徐々に彼女も不自然さを感じるようになった。
顔中食らいつかれる。時折愛撫される。かと思えばそろそろと掠るだけで焦らされる。
くすぐったい。彼女は耐え切れなくて悲鳴を上げた。――そこを、また唇ごと塞がれる。人を喰らう人間だっただろうか。こうして人の理性ごと奪ってしまうのだ。
彼の心もろとも破裂しやしないかと、いささか不安に思った。
いつか壊れてしまうんじゃないか。
考えようとして首にも食らいつかれる。
「やぁ……っ! くすぐっ――」
じっとりと熱い。乱れた吐息が首にかかり、彼女を喘がせた。
「アンジー」
湿った声で呼ばれる。
次の瞬間、がっと彼が起きて彼女の腰に手を回して少し浮かせるのだった。
すぐに、いとも的確に押し込まれる。喉に力が入って呻く声が出た。
彼女自身さえ到達できない自身の奥深くを貫かれて、目が回るかと思った。自身はベッドに横たわっているはずなのに。もう天地がどこなのか分からない。
彼は狂ったように彼女を呼び続けた。
まるで上手くかけられなくて失敗して何度も呪文を唱えているみたいに。幾度も幾度も――唱えるのをやめるのが怖そうにして。
実際彼は震えていた。
息はまるで脅迫されているように激しく乱れた。持ち主が狂ったのでは獰猛な生き物も制御不能だろう。
一体何に脅されてしまったのと――聞きたくても聞けないのだが。
ややもすれば彼女も一緒に壊れてしまいそうで。
「ロン――っ、だいじょぶ……?」
辛うじてそう、喘ぎながら尋ねた。熱い背中にぴた、と手を回す。
彼の熱が異様だ。
このまま果てて、全て果ててしまってもおかしくないのではと。
「ロン……っ、――ぁあっ!」
彼を呼んだ直後に1度だけ激しく撫でられた。頭まで貫かれたのかと思った。
彼が呻いて俄に強く抱きしめられる。
その刹那、熱い肉体から、どっと欲に濁って成り果てた愛が溢れんばかりに注がれた。あまりに早くて彼女が気を失う暇などなかった。
「――ぁん……っ、やだ……ぁ」
わずかに疼く肉体。
何の隔たりもなく愛された肉体。注がれる愛を拒むことなんてできない。
欲しかった愛だった。間違いなく。
――でも……初めて……。
愛の成りの果てを直に受け取ったのは初めてだった。
――これであたし……できてたらどうしたらいいんだろう。
彼女が思考を取り戻す間に、彼の腕は緩んだ。ぐったりしてしまって、彼女の上で動けなくなっているようだった。
辛うじて繋がる身体。
お互いにぐちゃぐちゃに濡れて溺れてしまっている。取り戻せないほどに。