⑨ 抱っこは愛情表現
何だと思ってるのとは聞いたけれど答えはない。動こうとしても離してくれない。そればかりか後ろから肩に顔を乗せられ、重くなった。頬ずりまでしている。
もう「何だと思っているか」を考えている余裕などなくなってきた。
「ぅ、何なの……っ、おやつ食べる――……」
「……ん」
「ねえだから、1つの椅子にふたりで座る必要ないでしょう」
「食えりゃいいんだろ」
「ちょっと――!」
彼の右手が伸びてスコーンを掴む。まさか自分で食べるのかと思ったのだが――それは自分の口の前にやってきた。
「ちょ、ちょっと――ふぅ」
「これはアンジーの分」
「自分で食べる! さもなきゃ指食べるわよ!」
「いいよ別に」
「だ、だめでしょう何でよ」
「おまえが食べるって言うんだ」
「だとしても良くないでしょ!」
「フフ」
何だそれ、と彼が余裕そうに言っている。
――何だそれ、はこっちよ。
「こぼしちゃう」
「じゃもうちょっとテーブルに近づいて」
「あぁっ、もう……」
テーブルに前のめりになってしまう。
「もうっ、だめ――」
スコーンを自分の手でもぎ取る。
「あたしがあーんしても食べないくせに自分はあーんするの、ずるい」
「……要するにおまえも食べさせられたくない、か?」
「だってこぼれるもんこれは」
「……んー」
「なによ」
こて、と頭が耳の近くに押し当てられる。
「自分はそれをされるのが嫌だってのにおれにはやるのも、ずるくないか」
「――!」
ごもっともだった。
耳が熱い。
「……ごめんね、嫌がらせして」
「……別に」
「なによ」
「なにも」
「……」
もぐもぐする彼女の頬や耳たぶに、彼はキスをしてくれた。
「嫌がらせ、か」
「ん――っ」
かぷ、と耳たぶを噛まれた。今は強めに。ぴく、と震える体。そんな自分を抱きしめる腕も強い。
「……こうするのは」
「嫌がらせしてるの? 仕返し? くすぐったいからやだ」
「やられた方が嫌がらせだと思えば嫌がらせか。愛情表現も」
「愛情表現だったの?」
随分本能的になったわね、と言いたかったがやめておく。
「これは全部愛情表現なの? あたしを愛すべき対象だと思って抱っこしてるの?」
「『何だと思ってるの』という問いの答えとしては、それもあり」
「何なの、何それ」
ぶっきらぼうに声が潰れていく。さっきの話だろう。結局戻って来た。
スコーンをこぼさぬように手で押さえながら食べる彼女を、ぎゅう、と強く抱きすくめて離さない。
胸はずっとどきどきしていた。こんなに強く抱きすくめられたら相手に伝わってしまう。共鳴するように彼の身体は震えている。さっきは自分が彼の首を撫でていたけれど、今は彼の吐息が不規則に震えて彼女の首筋を撫でていく。