④ 復活「ボストン茶会事件」 1
「……これ、”Tea Party”って書いてあるじゃないですか」
「ん、そうだな」
「ですから、蓋の方は『ボストン(Boston)』と呼んでいました」
「――っあははっ、そういう?」
「そうです」
彼はマグカップを見たままうっすら笑みを浮かべた。
すぐに察してくれるとは、やはりこの人とは話が合うなと感じる。
「はあーなるほど、『ボストン茶会事件(the Boston Tea Party)』にかけてね……感心だよ」
それは1773年に英国政府の茶税に対する抗議として起こって、独立戦争のきっかけになった、米国史に残る事件である。
「ボストンがなくなって、ただのお茶会(Tea Party)になりました」
先輩は面白がって笑い飛ばしてくれたが、彼はまるで傷がつけられた鍋か水筒になったような気分でマグカップを手に持った。マグカップ自体は特に問題なく手元に残ってくれていたのでいいのだが。
そんな憂い顔をする彼のことを見て先輩もすぐに察してくれた。
「……なんだ、もしかして婚約者から貰ったもの?」
「そうです」
「『ボストン茶会事件』を」
「そうです」
「それじゃあ余計悲しいよな」
「……今、だから、代わりになるかは分かりませんが、ボストン部分を作りました。このカップは底の方が若干すぼまっているので、引っくり返せばソーサーにもなります」
「お前本当に好きなんだな」
「マグカップですか」
「違うよ、彼女のこと」
「……そう見えますか」
「貰ったカップに名前付けてさ」
「許可は貰いました」
「あそう? じゃ余計いいよな。それにさ……」
彼はふらっと乾燥機の方を見やって、微笑んだ。
きっと分かったのだろう。蓋の他に何を作っていたのか。
「まあ、おれにはそう見えるってだけ。ちょっとおれはお前に構いすぎなとこあるからかな?」
「じゃあほどほどにしてください」
「っ、ったく、可愛くないな」
「そういうもんです」
先輩はからからと笑って立ち上がるのだった。
「何か、おれにできることあったら躊躇せず言えよな、マジで。通院とか色々あって大変だろ」
「……じゃあまあ、『ボストン茶会事件』が復活したら、見に来てもいいですよ。たぶん数時間はかかります」
「じゃお昼頃また覗きに来るわ」
「あ、それはいいです」
「何で」
「……たぶんちょうど研磨してると思います。集中したいんです」
咄嗟に出た言い訳だった。
「っ、そう。じゃゆっくり差し入れでも買いに行こうかなっと。おれも休日出勤だったんだよね。お昼くらいゆっくりするわ」
それでもあっさりと出て行ってくれた。
ため息をついた。珍しくお昼ご飯を持っているのだから、見られたらまた突っ込まれるに違いない。