② 工作の時間 1
シルバークレイ。以前から個人的に入手してここに置いておいた、水を加えて練って成型できる銀の粘土である。
白衣。それからマグカップ。クッキングシート。
それらを全て手提げに入れたところで、ちょうど先輩が通りかかった。
「――おうロン、ほんとに来てたんだ? 受付の皆が騒いでたぞ。どした?」
「……私用です。実験室、借りますね」
「私用で? ははっ、何、何か作んの?」
「まあそういうことですね」
「実験室だもんな? へー、今日は誰も使わない予定だったはずだから好きにしたらいいよ」
「そうですか」
研究所の実験室を利用するためには器具を扱ったり薬品を扱ったりするために半年分の研修を受ける必要があった。研修を終えた研究員には実験室の利用許可証が与えられ、当然彼もそれを所持していた。言うなれば半年ではなく4か月で修了していた。
休日出勤とは言え実験室を使った場合は報告書を書かなければならない。書類のストックからその原本のコピーを持って、研究個室を出た。
実験室はいくつかあって、その全てが今日は空いている。無難に端の研究室を選んで許可証で鍵を開けた。彼はよく使う実験室だった。
良くも悪くも、研修が終わってから半年ほどはここではないが別の実験室に閉じこもってばかりだったのだ。稼働させている実験器具の見張りだと称して。そして「見張りが長すぎ」の一件から自ら閉じこもるようになってしまった。
――おかげでどうして自分がここにいるのか分からなくなった。
生きる意味を失うきっかけなど、具体的に挙げろと言われても分からないが、実験室で感じた屈辱か虚無感のようなものは確実に原因の1つに挙げられるだろう。
――今はそれどころではないけれど。
彼は早速白衣を羽織って机の前に座った。
シルバークレイを持ってきたのは決して粘土遊びをするためなどではない。このキットを使えば指輪が作れるのだ。
以前買ったのは指輪ではなくて実験で作りたい部品があったからだったが、今やっとその本来の目的を達成しようとしている。
それから手提げから、マグカップと、今朝彼女の指に巻いてサイズを確かめたモールを出す。キットにはサイズを測るための穴の開いた型紙が付いていたので、それで照合してサイズを確認した。
粘土をくっつけて形成するための棒芯が必要らしい。しかしキットに付いていたはずのものがなかった。
厚紙がこの実験室のどこかにあるはずだ。戸棚を漁って、何とか巻きつけられそうな紙を手に入れた。それを所定の穴に通して丸めてテープで止めた。
粘土の材料を手際よく水で溶いて粘土を用意する。細長く粘土を伸ばした。
粘土を真面目にいじったのはいつ以来だろうか。恐らく幼稚園以来だろう。まだ自分が植物図鑑を肌身離さず持っていた頃だ。さすがに粘土で何を作っていたかはほとんど覚えがない。
そんなことをぼんやり考えながら形を整えて行った。
粘土を乾燥させるため、温風の出る乾燥機に形成したものを全て入れた。
そこに先ほど声をかけてくれた先輩が顔を出した。
「本当に工作してんだ」
「そうです」
先輩は彼の手元にあった袋を一瞥した。
「シルバークレイ……あーネット通販で見たことある、アクセサリーとか作れるやつだよな」
「そうです」
「これあったら宝石店行かなくて済むよな」
「おそらく」