① 新婚だったら?
引き離される運命に抗うために
今度こそ結ばれるために
あがこうもの
歴史が繰り返されるならと
大きなことを信じるちっぽけなもの
次の日彼は本来休日であったが、「用ができた」として研究所に出向くことにした。
彼女は「お留守番してるね」と言っていたので家にいるだろう。朝から起きてランチボックスに昨日の残り物ではあったがお昼ご飯をいっぱいに詰めて渡してくれた。出る前に首に抱きついてキスをせがんでくれたので抱き止めてキスをした。
「ん……、お迎え行く」
「……どこに」
「大学に」
「んなのいいよ」
「じゃあいつ帰ってくるの?」
「夕方……かな。でも用が終わればすぐ……」
「暗くなる前でしょう? 大学くらいすぐ行く」
半ばごねるように「お迎え行く」と言ってきて、彼は心底当惑した。
「ロンだって前はこんな感じであたしのこと離さないってわがまま言ってたんだからね」
緑の目が彼を捕まえて離そうとしない。
確かにそう言われると自分に拒む筋合いがない気はしてくる。
彼は目を逸らした。不覚にも耳まで熱くなるのだった。
「なぁに、自分の言動思い出して恥じ入ってるの」
「的確に言うな」
「フフ、照れてるの、照れてるんでしょう……」
ぎゅうっと抱きつかれて、これが毎朝だったらどうしたらいいのか考えものだと思ってしまった。
「いいでしょ? 一緒に帰ろ……ね……?」
「一緒に行ってないもんが帰れないんだよ」
つい屁理屈を言ってしまって彼女がくすっと笑い出す。
「じゃあ一緒に行く?」
「だめだよ」
「何でよ」
「留守番しろよ」
「やだ、大学に行くから一緒に帰る。ていうか、行く時は別々ってだけで、その場合だって一緒に帰ることは成立するんだからね」
「……」
応戦する気力が殺がれてしまったので、黙って彼女の左手を取った。
すりすり、と撫でてやる。
「……じゃ、ね、ロン、後でね。用事終わったら連絡してね?」
「……ん」
新婚の夫婦さながらのやり取りをしてきて、正直疲れている自分がいた。
甘えてくれる分には全く構わない。その方がいじらしくて、自分の本能がくすぐられるから。今は性欲がなくても、これだったらそのうち取り戻すだろう。
けれども疲れる。
彼女のことが大好きな故に、疲れる。
――人を愛することは、これほどまでに自分をすり減らすことなのだろうか。
今日研究所に来たのも、本当は仕事の用事などではなかった。
自分の研究個室のドアは入構証が鍵になっている。それで開けることで、本人が入室したことが記録されるのだった。
休日出勤扱いになることは分かっていて来た。休日出勤の場合は自分で書類を書いて申請しないと給料に加算されない決まりだった。反対に、書類を出さなければただ忘れ物を取りに来たか、お茶でも飲みに来ただけの扱いになる。
今日は書くほどのことではない。さっさと準備に取り掛かった。必要なものを取り出していく。