⑫ 実家にて 2
「アンジーはお酒飲むの?」
やっと抱擁を解いてくれた彼だが、彼女が立とうとすると拒むので、ソファーに座ったまま紅茶を飲んでいた。
「たまに。……あたしとても強いんです。きっと両親譲りで」
「本当にね、リンドリーさんはああ見えて酒豪だろう」
「フフ、見たまんまです」
「じゃ嬉しいだろうね。可愛い娘とお酒を酌み交わせるようになって」
「でも、パパと1回しか飲んだことがなくて」
「――うちにまだ開けてないワインあるんだけどアンジーもらってってくれない?」
「えっ、本当ですか」
彼の母親が持って来てくれたワインの瓶を見ようとして腰を浮かせたら、隣から彼の腕が伸びてきた。
「アンジー」
「んーもう、ロンったら」
「見ての通り、って言って分かってくれるかは知らないけれど、うちはおれしか飲めねえ。ロンは母さんに似ちまって」
「……何だか分かる気がします。色々」
言うと苦笑いされた。
ワインの瓶を受け取って眺め入る。隣で彼が退屈そうにこて、と頭をもたせてきた。どき、と胸が疼く。何て神妙な仕草だろう。彼の頭はあったかい。あっという間に頬が赤くなった気がする。
「一度、我が家でも飲んだのよね。ロンが就職でこっちに帰ってきたから、それのお祝いで」
「いやーあん時はある意味で思い出にはなったな」
「ロンって弱いんですか? 飲むとどうなるんですか」
興味本位で両親に聞いてみると、肩をすくめられた。
「まあめちゃくちゃめんどくさい。あの時はいつまでもぐじぐじしていた」
「面倒? そう……」
隣に座る男と顔を見合わせる。
「……大していつもと変わらない?」
「――フフッ、確かにそうだわな。でもいつも以上だぜ、アンジー……君が世話できればいいんだけど」
「そうなんですか……じゃあどうしよう、あたしの実家に置いてきたらいいかしら」
彼の顔を見つめながら言う。彼は何の話なのか分かっていなさそうな様子だった。
「……あたしとお酒飲みたい?」
小さく尋ねてみると、やはり小さな声で「うん」と返ってきた。
「本当に? んー……ちゃんとご飯食べた日ならいいわ」
「ん……」
「――あ、ご飯、今日はどうするのロン。アンジーも一緒に食べてく?」
母親の問いに彼は答えない。彼は自分のことしか見ていないのだ。
「別に夜までここでいちゃついてくれてていいんだぜ? そしたら夕食もってとこだけど」
「そんな! もう、本当にいちゃつきに来てるだけで……ロンったら」
服を掴もうとするので慌てて彼の手を解いて、ご飯どうするのと尋ね直す。
「……いい。今日はアンジーと一緒に帰るから」
「じゃ後で何か持たせてあげるから」
「よかった、あたしだけじゃろくに食べてくれなくて……」
「ああ、そうか……で、その話をしに来てくれたんだな?」
「そうなんです。あたし昨日ロンから少し聞いて……ね」
彼に、話をするよう促す。一瞬だけ目が合った。
医者の診察を受けたこと。何かの病気であるという診断をされたわけではないが、生活の乱れが心を乱していると言われたこと。
経過観察として、食事や睡眠などの改善を心がけてみるように言われたこと。
彼自身は下宿を続けたいこと。
彼は淡々と説明した。――彼女にひしと抱きついたまま。話すので動く唇が時折頬に触れた。
両親は静かに耳を傾けてくれていた。
しかし――アンジーがボストンに帰ったらどうするんだ、と聞かれる。
彼女はどきりとした。「下宿を続けたい」のも、自分が帰省している間だけだろうと、自身も思わなくはなかった。
「……なんで」
彼はそうこぼしたっきり話をしなくなった。
すすっと彼の唇が自分の首筋に触れる。顔を伏せてしまったのだろう。
そっと横を向いて、視界に入った彼の手をきゅっと握った。小さく震えていた。