② 会えて嬉しかったはずなのに
憑かれたように彼女を欲するのだった。
彼女は1日だけ彼の家に泊まらせてもらうつもりだった。実家にも滞在したかったから。実家に荷物を置き寝泊まりしつつ彼の家とを行き来しようと思っていたのだが、その予定を彼に言うと「ううん」と微笑んで首を横に振った。
「アンジーはずっとここにいるんだ」
「なっ――なんで、でもそんなにいられないの。4日くらいで。実家にも帰りたかったから……」
「ううん」
空港に迎えに来てくれたのも彼だ。空港で会った時研究所の入構証や鍵のついたケースを首から下げたままだったから、研究所から直に来たように見えた。
「そんな無理に時間割いて来なくても大丈夫だったのに」
しかし彼はそれを聞かなかった。会うなり彼女を離そうとしないのでスーツケースを引っ張るのも一苦労だった。
「アンジー」
会えて嬉しかったのか、とにかく大事そうに彼女のことを呼ぶ。
道中も彼女が存在するのを確かめるように、彼女の頭を撫でたりお下げに触れたり、電車の中では頬ずりばかりする。
人目をはばかって、絶対に外ではこういうふうに彼女にすがり寄って来なかったはずなのに。
随分素直になったなと感じた。
彼女は真っ赤になった。こんな顔を人に見られたくなくて代わりに彼の懐に顔をうずめた。
車両の隅っこで、彼は彼女を閉じこめるように抱き返して、引き続き髪に頬ずりしたり唇をあてがったりしていた。
こんな形でいちゃいちゃすることになるとは思ってなかった。理性が溶けて本能が叫んでしまいそうだった。
こんなに愛されるとむしろ違和感あるいは罪悪感のようなものを感じる。
電車に長いこと立ちっぱなしだった。正確に言うと彼に抱きしめられっぱなしだ。疲れたような、彼の温もりに包まれてほっとするような複雑な気分で電車を降りて外に出てきた。
「……今日は泊まって大丈夫?」
そう家に入る前に尋ねる。「うん」と普通の返事が返ってきた。
家の中に入るなりベッドの上に連れて行かれる。再び腕の中に閉じこめられた。「ほしい」と低い囁き声が耳たぶをかすめた。熱い吐息にじりっと侵され、ついに唇が塞がれる。
電車の中ではあれでも抑えていたんじゃないか。
彼と唇を重ねるなりそう感じた。
――信じられない。
家に入る前の静かなやり取りは遥か昔のことじゃないかと感じる。
さっきまでやり取りしていたのはまだ学生の時の冷徹な彼で、ついにタイムスリップする技術を開発して自分で実験しているのじゃないかと。キスをした瞬間に戻ってきたんじゃないかと。
仰向けに押し倒された。彼の首からかかっていた入構証や鍵が音を立てた。彼はそれを鬱陶しそうに取り去って床に置いた。鍵は床に当たってかちゃんと喚いたきり大人しくなった。
今の彼は息を乱しながら自分を激烈に求めてくれる。ベッドを突き抜けて彼と一緒に底なし沼に沈むんじゃないかというほど肉体同士が擦れてベッドに押し付けられる。自分に跨る相手の膝がマットレスをぎぃ、ぎぃ……と騒がせる。
――ロンがこんなに素直に愛してくれるなんて。
――信じられないけれど……嬉しい。
息をつく間もないくらいの口づけ。
彼の唇は熱された鉄のように彼女を溶かしにかかってきた。どろどろだった。彼女の中まであっという間に溶かし切った。