⑨ 考える恐怖
朝、先に彼は起きた。
夜中に起きて確認した彼女の指のサイズを確実にするべく、起きるなり机の引き出しを漁りに行って、ラッピング用のモールを見つけた。
それを彼女の左手の薬指にそっと巻き付けて止める。そして抜いて手のひらに乗せた。握りつぶさないようにして、丸くなったモールを食い入るように見つめる。
自身の左手も細い方ではあるが、この薬指はもっと華奢だ。彼の小指くらいのサイズだった。
その時彼女がもぞもぞ動き始めた。見つからないようにさっと動いて、モールを小さなポリ袋に入れて封をして、ぱっと目についた鞄のポケットに入れておいた。
彼女のか細い声がする。自分を呼んでいた。
「……ここにいる」
そっと枕元に寄って行って、顔を覗きこむ。
「もう起きてたの……?」
「いまおきた」
「ん……」
もしかしたらまだ眠いのかもしれない。なかなか目が開いていない彼女だが、甘えるように手を伸ばして彼に触れてきた。
どきりとした。電気がぱっと点いて部屋の生活が取り戻されるように、身体が目を覚ました。「動かそう」と思うようになる。本当にエネルギー源みたいなものだ。
彼女と結婚したら、朝はこんな風に甘えてくれるのだろうか。毎日のように。
これなら、遮光カーテンのせいで朝もほの暗い部屋だろうが、雨の日だろうが、朝を気持ちよく迎えられるだろうに。
朝から彼のことを探して、見つけたと言わんばかりにはにかむ彼女。この顔を、毎日見られるなら憂鬱さなんて多少は和らぐだろうに。
憂鬱な気分が綺麗さっぱりなくなることはないだろうなとどこかでは感じる。
彼女に対して今最も強く抱く感情は安心感であって、性欲を満たす対象とはそこまで感じない。キスをするのも、彼女の柔らかい身体に触れたいからだった。身体の柔らかさや温かさが不安を解してくれるから。
そして、彼女じゃないと嫌だという、独占欲か排他主義のようなものも確実に彼を蝕んでいた。
一方で、彼女が離れるかもしれない。その気持ちは拭えなくて、彼を不安の渦に巻き込んで離さない。ふとした時に前が見えなくなって息ができなくなるくらい渦は大きくなる。
少し考えてしまったのが仇となった。
あっという間に動悸が激しくなってきて、呼吸が乱れてきた。
――どうしたらいいんだ。
――離れたくない。彼女と。離れたくないのに。嫌だ。
――嫌だ。
「……っ、……う……っ」
「……ロン? ロン……っ」
後ろで声がする。緊迫したような響き。すっかり目が覚めたようなぱりっとした声。
彼は深呼吸しようとしてむせ返った。
「うっ……ぐ……っ」
――どうしよう。
吸えない。吐けない。吸おうと思って喉がひっと鳴った。吐こうと思うと咳が出る。
苦しくて上半身を伏せようとして――背中をすりすりとさすられた。
「苦しいの……? だいじょぶ……」
胸倉を自分で掴む彼の隣に座って、彼女は深呼吸を促してくれた。
一緒に、淀んだ部屋の空気を吸って吐いた。
「ロン……」
温かい体がぴたりとくっついてくれる。
「一緒に紅茶飲も……ね……」