⑧ 愛しいひとに
改めて布団の中に戻るなり彼女が話を続けるのだった。
「社会的にもふたりだし、付け加えるなら経済的にもふたりなのよ」
「家もご飯も一緒だ」
「大体そういうことよ」
「それは知っている」
「……あたし今ボストンに住んでるのよ、言うなれば単身赴任状態なの」
「単身赴任はまあよく聞く」
「あなたと結婚したらどうしたらいいの。一応あなたもニューヨークで働いてるのよ……?」
「……一緒にいられない?」
「何より子供ができたらどうするの? あたしが休むかニューヨークに転勤願出してここに帰って来るか、あなたが転職か転勤かして一緒にボストンに来るか、じゃない」
「……子供ができるということは考えたくない」
「ちょっと――っ、じゃ何であの時電話で……、て、まって……」
具体的な議論になりそうになったところで彼女が自分で頬をつねり出す。
どうしてここで、夢かどうかを疑っているのか分からないが、いじらしく映った。
少しして、現実と悟った彼女が目を潤ませながらこちらをじっと見る。
「そうよね、……ロン、あなたこそきっと今あたしに会えたから嬉しかったんだね? その、そうよ嬉しさのあまり興奮して結婚まで考えてしまってるんだわ」
「……なんだ?」
首を傾げて彼女を見つめていた。
「……ごめん。急に言われて、あたしは動揺してるだけなの」
「動揺」
「きっとあなたはこのままあたしとふたりでいたいんだわ。例えよ、結婚って今ロンが言っているのは。――『ずっとふたりでいる』ことのメタファーとしてそれが出てきてるんだわ……」
「メタファー……」
ぼんやりとそれをなぞるように呟く。そこに彼女がそっとキスをしてくれた。
「今日は、……もう、寝る……?」
「……ああ、うん……」
答えるようにこちらからも唇を優しく食んだ。
「……おやすみ」
そう囁いて彼女はこちらに背を向けた。黙ってその体に腕を回し、再度すがり寄った。
彼は彼女の身体の下敷きになった腕が痺れて痛くて目を覚ました。窓の外はまだ真っ暗だ。
目の前に横たわる彼女は、規則正しく寝息を立ててすっかり寝入っていた。柔らかいトレーナーに包まれ、丸まった背中が上下に動くのが感じられる。
そっと、重さがかからないようなところに――彼女の首の下から腕を出した。
身じろぎして離れてしまった体をすり寄せる。
首の下から出した手が、ふ、と彼女の左手に触れる。
――左手。
そのままその小さな手を取った。
決して肉付きが良くてふっくらしているわけではなかった。どちらかと言うと彼の手と同じように骨ばっている。
しかし可憐で滑らかであった。女の子の手だなと思わせる。
「……」
そっと両手で包んで自分の方へ引き寄せる。
裸眼でぼんやりする目をいっぱいに開いて彼女の左手をまじまじと見つめ出した。
指を1本1本、確かめるように、なぞるように撫でて――それはとりわけ、薬指に及んだ。
――この指に合うように。
自分の手や爪と比べながら、その指のサイズを推測して叩き込んだ。物を計測するのを普段から得意として、あるいは仕事にしていた彼にとっては朝飯前だったし、寝起きだろうが裸眼だろうが関係ないのだ。
それが終わると、満足そうに1人で微笑んだ。
――きっと合う。