④ 口づけはぎこちなく
「仕事は一応行ってるのね……今日明日はお休み?」
「アンジーが帰ってくるって言うから今週は休んでいて……」
「あたしのために休んでくれてたの?」
――普通だったらここで感無量になるんだろうけど。
休みだからどこか出かけようとも言い出せない。
どう反応したものか分かり兼ねていると、身体を抱きしめられた。
彼の身体は小さく震えていた。
彼を呼ぼうとした唇を静かに塞がれた。
ぎこちない。直感でそう思ってしまった。
ぎこちなく重なった唇。
少しずつ、ほぐれるようにキスをする。
音を立てて溶けていく。
――無理をしている……?
そう感じてしまう。
彼には今性欲もないのかもしれない。
彼女と一緒にはいたいけれど、襲う気持ちはないのかもしれない。
唇に1枚薄い布がかぶさっているような、違和感は拭えなかった。
「……んっ……ロン……っ」
名前を呼んだら、予想に反して覆いかぶさられた。
ベッドがぎしっと音を立て、布団とお互いの体が擦れ合って騒がしくなった。
「んん……っ」
不覚にも自分の声が甘く切なくなってしまう。
彼の顔を一瞬見てしまった。
やはり苦しそうだった。眉をしかめて。手も唇も小さく震わせて。
「やめ……て」
彼女は本気でそう思って告げるのだが、思ったように冷静な声が出ない。
少しでも期待をする自分が情けなくて、泣きたくなってきた。
「お願い、ほんとに……」
それでも彼は彼女のことを離さない。
唇が顔いっぱいに注がれる。
「や……ぁ……っ」
これでは自分も彼も分裂してしまいそうだ。
「や……だっ! おねがい……!」
何とかお腹に力を入れて、声を上げる。
彼の頭を掴んで引き離すとあっさりと離れてしまう。
しかし目の前にあるのは、全くわけが分からなさそうにして目を揺らがせる、哀しげなキューピッドの顔だった。
「……ロン……っ、うう……っ」
彼の体が反応しないのは重ねられてよく分かった。
――だったら。無理をしてほしくない。
「いいの……っ、なにも……要求しない……」
「やっとあえたのに……」
「ロン――」
「やっと! ずっと待っていて……! 半年に1回しかあえなくて!」
「ロン……っ、やっと会えたね……そうなのよ……ほんとうに」
「要求しないなんて嘘なくせに! 半年に1回、会ったら、……いつも……」
――いつも「待ちきれなくて体を抱き合うのに」。
彼は直接言わなかったけれど彼女には十分伝わった。
事実、働き出してから会う回数は激減した。
だからこそ、というわけではないが、半年ぶりに会えた暁には必ずと言っていいほどセックスをした。彼女が我慢できなくてもっと抱いてほしいと頼めば、これまでは抱いてくれた。
半年前も、泊まっている間は何度もした。彼が離れたくないと言ってベッドから出させてくれなかった。
彼はそれを覚えている。
今も彼女にその気持ちがあることを見抜いている。
――正気なのか正気じゃないのか分からない。
自分の胸にがふっと彼が顔をうずめるのだった。
――言葉にならない声を上げて。
「ロン……!」
堪らず彼の頭を抱きしめる。
酷い葛藤の中にいるみたいだった。
半年の間に、見えない病気を疑われ続けて、1人でよほど辛い思いをしたのだろう。
彼女のことを襲いたくて、身体を繋げたい――「いつも通り」にしたい気持ちと、今はその気持ちになれない、「確実に心の不調に冒されている」現実が彼を苦しめている。
「もう離れたくない……! それでしか……満足させられない……」
――自分が物理的に傍にいることでしか。
辛うじて聞き取れたのがそれだった。
「ロン……だいじょうぶだから」
何度も彼のことを呼んで、触れられるところに唇を当てて慰めた。