② 一緒がいいのは 1
彼の下宿先の家に帰ってきた。
入るなり彼が思い出したように口を開く。
「あ……ちょっと前から、大学病院のカウンセリングを受けている」
「さっき先生がとかちょっと言っていたわね」
入ってちらっとキッチンを覗いた。
お皿は洗ってはあるが出しっぱなしで、かごの中に山盛りになっている。やっつけのようにタッパまで積まれている。いつ崩れてもおかしくない。
それに――この前彼女が帰省した時に買って置いていった食料品がまだ残っていた。
「そんな……」
荷物を置いて1人でキッチンに足を入れる。
果物の缶詰は確かに数が減っている。
しかしトマトソース缶は未開封だし、マカロニのパックだって未開封のまま埃をかぶっていた。栄養素を配合したクッキーやフルーツバーはまとめて入れた袋の口がまだ固く縛られている。
ちゃんと食べればせいぜい1週間だろうと思ったのに。
「……」
言葉が出て来なくて、茫然と立ち尽くした。
激しい虚無感が彼女を襲う。
それとも寂しい、と言ったらいいのだろうか。
買い置きしても食べてくれない。
彼女が買い置きしても無駄なのか。
それとも、もはや人に半強制的に食べさせてもらわないとあっても食べないのだろうか。
「……お腹、空いたのか?」
後ろから声を掛けられて、身体を抱きしめられた。
「――っ、ロン……」
彼女は腕に抗えなかった。
引っ張り出されてしまいそうになりつつも思い切って尋ねる。
「――食料あるのに缶詰しか食べてないじゃない。どして? ただ食欲がないの? それとも食欲はあるけれど調理が面倒だから食べる気が失せてるの?」
「……むずかしいことを」
「何も難しくない。本当に食欲がないのか、あるけど食べるやる気がないのか聞いてるの」
「きょう泊まる? アンジー……」
「ちょっと、あたしの質問答えないで何……」
「泊まるんだよな……そしたらずっと一緒だ……」
彼の呼吸が俄然乱れ始めた。
耳元にふうっ、と不規則に吐息がかかる。
「ロン……、苦しいの?」
どきりとして振り向く。
前もこうなってそのまま動けなくなってしまったのだから心配だった。
今度は彼女が彼を抱きしめるようにして背中をとんとん撫でた。
「ロン……」
「……一緒にいる……?」
「――わかった。今日は泊まる……一緒なの……いっしょに……」
立っているのはしんどいだろうと思ってベッドに座らせた。隣に座る。
まさかこの状態で襲いかかっては来ないだろうから、横から抱きしめて息が落ち着くのを一緒に待った。
やはり上手く息ができないのか胸を押さえてはあはあ言っている。
どうしたらいいのだろう。
これは彼自身のある意味病的な発作なのか、それとも彼女の言動のせいなのだろうか。
――あたしが突き放すようなことをしたから……前も……。
彼は確か喘息は持っていなかった。体が弱かったので喘息にかかるのも十分にあり得る話なのだが。
しかしご飯を上手く食べられなかったり、病院でカウンセリングを受けていたりする。
これらからすると、働き出して精神的に参ってしまっているのだろうと推測できた。
――そんなに彼には合わない職場だったのかしら。
――せめてあたしくらいは彼を受け入れて……でも、これで普通だと思っていたのに。
冗談で少し突き放してしまうのは昔から彼女の癖に近かった。今までそれで付き合いが続けられていた。
突き放されることで彼の体に異常をきたすのなら考えないといけない。
その気遣いが余計に彼を苦しめることになったらどうしよう。
よく聞く話だった。病みやすいからと言って無駄に甘やかされたり気を遣われたりするとむしろその腫れ物に触るような扱い方が本人を苦しめたり逆上させたりする。
大好きな人だから、傷つけたくないのは確かだ。
どうしたらいいのだろう。