⑨ 生かされている
「どうしてそこまでして生きなきゃいけないのか」。思い始めたら確かに意味を見失った自分は生きられないと思う。分からないまま生きているのはおかしいと思う。
しかし彼はそれでも生きながらえていた。
「おまえのおかげで生きている」
「それは、皮肉なの?」
「そうかもしれない」
夜、彼は布団の中にいた。
部屋には自身1人だけれども、耳にイヤホンをして、マイクを通して話していた。
携帯を手に持つ必要がないから使っている方が結果楽なのだ。
「いいわ。皮肉でも、生きているって」
「会ったら何する」
「会いに来るつもり?」
「分からない。でも、会ったら何するか考えるのは自由だ」
「そうね。何したい」
聞いてくれる声は彼の耳を甘く撫でた。
今日初めてどきどきした。血がほんの少しは騒いだ。足を擦り合わせてできた温かみくらいには到達した。
「……たい」
「――何て?」
「したい」
「はっ――な、なに……」
彼女の声が潰れた。
「……自分でしたらいいじゃないの、気持ちよくなりたいなら」
「……何か違う」
「ちがう? なによ……あたしを抱きたいの」
「そう。アンジーがいい」
「なぁに? そんなにあたしにあなたの子供産んでほしいの……」
「子供? ……分かんない」
「この前、ちょっと怖かったんだからね。できちゃったらどうしようって……まだ結婚してもないのにって……」
「結婚……?」
「フフ、まだそんなこと言ってられないよね」
結婚と、彼女の口から聞いて、ふとあの響きを思い出した。
婚約者。
――まだそんなこと言ってられないかもしれないけど……。
正直、子供が欲しいとも思わない。
ただ彼女のことを抱きたい。
「ロンが、そんなわがまま言ってくれるなんて、うれしいの」
彼自身はそれをわがままと言われてもピンと来ないのだが。
ただただ、彼女に会って彼女のことを腕に閉じこめていたいだけの話だ。
「婚約者」になればそれが叶うんじゃないかと。
「あたしもわがまま言っていい」
「わがまま……おれに?」
「『アンジーのことが好き』って言って」
「『アンジーのことが好き』」
「そんな棒読みじゃなくて……」
「そう言えと言った」
「やぁだ、心込めて言ってったら」
「……」
自分は彼女の声を耳に受け止めるだけで体が温かくなる。
きっと直接会って腕に抱いたらもっと温かくて満たされるだろう。
彼女もそれで満たされると思う。
だから直接会いたい。 お互いを満たすため。