⑥ 止まりたい
「もういいロン、今日は家で休んでろ」
翌朝になって、先輩からそう連絡をもらった。
いわば出禁だった。――もっとも先輩は数日間の彼があまりにも、通常生活もままならない様子なのでひどく心配をしてそう言ってくれたのだが。
彼は言われた通り欠勤することになり、もう一度目を閉じた。
大して眠いわけではなかったけれど、他に何をしたらいいのか分からなかった。
ぱっと目を開けた。時間がどれくらい経ったかは分からない。
部屋は何も音がしない。
しかし、し……ん、と無音が耳を圧迫していた。ただ耳が空気の中で眠ってしまっているのか痛くもかゆくもない。
「……」
自分の呼吸もろくに聞こえていない。穏やかだった。
このまま息を止めてしまえば誰にも会わずにいられるのに。誰もそうする自分を止めないだろうに。
彼は瞬きもしないで部屋の中をただ眺めていた。
このまま目を開いていたら空気が見えそうだ。
彼の目には部屋の本棚や小さな点になった明かりが映っていた。
写真を閉じこめたガラスのビー玉のようだった。もうびくともしない。
止まっている。
体を包んだ布団は小さく上下するけれど。
――止まりたい。もう……本当に。
しかし――不意打ちの枕元の振動でその思考の停止を余儀なくされた。
誰も止まろうとする自分を邪魔しないはずだった。
「……アンジー……」
「――もしもし、ロン……? お昼休みなんだけどあなたは? 忙しい?」
彼女以外は。
「ああ……何もないよ」
「……何もない? 今日はお休みだったの?」
「まあ……」
「そう。じゃあ時間気にしないでゆっくりできるね。何してたの」
「……特に何も……」
「フフ、じゃあ疲れてたから寝てたんでしょう」
「……」
途中までは。
目が覚めてしまってからも本当に何も。
やっと瞬きをした。寝返りも打った。
――今お昼なのか……。
特に感動も絶望もなくその事実を認識した。
「じゃあ起こしちゃったのかな?」
――いいんだ。起きてたよ。
「電話が来るかなって感づいて起きたの?」
フフ、と照れたように笑っている。
耳をくすぐった。
手の力が抜けて携帯を手放してしまう。くた、と手を身体の横に落とした。
仰向けになった彼の左耳に、彼女の声が入ってくる。
――ああ。おれの耳……起きている。
――彼女の声を聞くために。