⑤ 素敵な響き
「アンジー」
「……なに?」
「いつ会える?」
「……またそれ?」
その日の夜、彼はお風呂の後で彼女と電話をしていた。
自身は布団の中に潜って。
体はだるくて、もう動けたものではなかった。
「……でも、眠くない」
「ううん……睡眠もだし、ご飯もちゃんと食べなきゃ……夜は何を食べたの?」
「缶詰……果物の」
「まさかそれだけ?」
「うん」
「まさか今日1日でそれだけ?」
「……今日はまだ、気分が良くなかった」
「……倒れちゃう。ある日あたしが電話を掛けても出なくなったら……そんなの嫌」
「……」
彼は何も答えなかったが、1人でその顔に微笑みを浮かべた。
――婚約者。
口にはできない。
実感がまだないから。
けれど、頭の中に残る響きが何とも新鮮でたまらない。
「ロン、今日のお昼はなに?」
「お昼……?」
「ご飯よ? ――あたしは今サンドイッチを買ってきてブースに戻ってきたところだったの。今日は全粒粉パンのBLTサンドなの」
「サンドイッチ……」
その時デスクの端に、彼は同じものを捉えた。
「――サンドイッチならある……」
「えっ? あるって? 何だ、ロンもサンドイッチ食べるつもりだったの? じゃあ一緒に食べよう……? って、食べてたら電話なんて無理だよね」
「……」
彼は大振りのパッケージをそっと掴んで引き寄せる。
「……アンジーと一緒だ……」
「――ロン? お腹空いたでしょう? ね、チャットに切り替えようか……そうしたら片手で食べながら打てるでしょ? じゃあ、電話はまた夜にね――」
午後の業務中に、彼は腹痛に耐えられなくてトイレに駆け込もうとして、研究室を飛び出した。
「おわっ、――おい、どした?」
ちょうど廊下を先輩が通りかかった。
お腹が痛いと答えることしかできず、急いでトイレに走った。
先輩が乱暴に開けられたドアを閉めてやろうとしてふと中を見ると、デスクの上に空っぽになったパッケージがあった。
「……おいおいマジかよ……」
今朝別の用でここを訪ねた時には未開封で、さすがに捨てろと言ったのに。――昨日置いたものだったのだから。
「困ったやつだ……んとに」
「……ううん。お腹壊して……夜は何も食べてない」
「お腹壊した? どうして? 最近全然食べないのに……あっ、お昼にサンドイッチ食べた?」
「急に重いものを食べたからかな。……アンジー……」
電話口の彼の声は苦しそうだった。今すぐにでも消えてしまいそうだ。
「……もう食べたくないんだ」
「ロン……」
「あそこにいると何もいいことがない」
――可哀想に。
彼女は、自分の大好きな人が追い詰められているんじゃないかと察した。
食欲がないのはもしかしたら他にストレスを抱えているからじゃないかと。
「ごめんね……しんどいんでしょう。無理に電話しない方がよかったね」
ますます、自分が予定通りにボストンに戻ってきたことを恨んだ。
「アンジー……」
――いつ会える?
「……」
泣き出しそうになるのをぐっとこらえた。
――ほんとは今すぐにでも会いたい。
「はやくぎゅってしてほしいの……一緒に寝たいの……」
「……ああ」