④ 満更でもない
「いつ会える」
「なぁに……昨日帰って来たばっかりなのよ、分かんない」
「それじゃ嫌だ」
「嫌だ? ……でも次帰るのは半年後だと思うから」
「半年後なんて」
「ロン……」
彼女を喪失したら自分が生きる意味がない。
――否、おれに生きる意味はとうに失われている。
携帯を持つ手が震えた。体が震えていた。手を胸に当ててゆっくり息を吐く。
いつからか自分には生きる意味がないと思うようになった。
いつからか。もしかしたら、ここで働き始めてからかもしれない。
「そんなに……おれと会いたくない?」
「――とっても会いたい」
花の蜜のような声は壊れかけた彼の心を優しく慰めた。
「当然。……会いたいの……ひどいね、前に、運命はひねくれて酷だって話をしたでしょ? 本当にその通りになっちゃった……。あたしがボストンに来たら、ロンはニューヨークに戻っちゃった……ひどいね」
「……」
「ひねくれに翻弄されるなんて、ひねくれだけでも支配、被支配の関係があるのね……」
「……」
――じゃあ、いつ会える。
聞くと彼女がくすぐったそうに笑い出した。
「あたしの話聞く気ある? せっかく面白い話が始まりかけたのに」
「運命がいけない。運命のせいだ。要するに。……ひねくれはひねくれで打破する」
「……フフ、そっか」
「だからいつ会える」
「……じゃ、また電話……しよう、か?」
「電話?」
「電話で話すのじゃ、不満?」
「……」
本当は直接会いたい。
腕に抱きしめていたい。
自分が生きている心地を取り戻せたらいい。
――それが自分勝手だ。それだからいけないのだ。
彼は残っている「理性」でもって会いたいと言い張るのをこらえて、電話でいいと答えた。
「――婚約者か?」
「……誰が?」
彼女と夜に電話すると約束したうえでやっとのことで電話を切った。
外で待っていたのかすぐに先輩が入ってきた。
袋いっぱいの食料を持って。
「――今話してたの」
「……婚約者……?」
彼はその言葉をそっくりなぞるように呟いた。
実感がない。
そんな約束したっけ。
先輩がフフ、と笑って顔を覗き込んできた。
「めちゃくちゃ嬉しそうな顔して笑ってた。お前もそんな顔すんだなって思って。――でも、噂になってるんだよ。お前には既に婚約者がいるから、お前はこの職場の誰に言い寄られても全く振り向かないんだろうって。正解か?」
――正解であり正解ではなかった。
訂正しようとして――再び彼の中にその言葉がよぎる。
――婚約者。
間違いじゃない。
満更でもない。
「……て、大丈夫か? ロン?」
「……」
彼の前に大振りのサンドイッチのパッケージが差し出されたが、彼はいつまでも手を付けなかった。
心の中で彼女の顔を思い出しては、婚約者と囁きかけた。
「……フフ」
「――なんだこいつは……?」