① 待つ男
目を覚ましたら、なぜか実家のベッドで寝ていると分かった。
「アンジー……? どこいる……」
どうしてここにいるのだろう。
彼女と一緒にいたのに、今は自分1人でここにいる。
夢だったのだろうか。
――そんなはずはない。
彼の頭は相変わらず優秀だったのですぐに記憶を引っ張り出せた。
自分は過呼吸か何かになって倒れたのだろう。
直前に彼女から言われた言葉。
この腕に確かに残る彼女の感触。
「アンジー……どこいるんだ……」
青い目には何も映っていなかった。
「お――い、ロン、まだそんなとこにいたのか」
耳に聞き覚えのある声が入ってくる。
それは雨どいを伝う水と同じで、つうっと耳の外へ通り抜けていった。
彼は実家の庭にある木の幹に背を持たせて、座り込んでいた。
「……ロン」
肩を叩かれた。
やっと目を声の主である――自分の父親にむっくりと向けた。
風邪でも引いたら困るから、と自分の腕を引こうとしている。
無意識に振りほどいた。
振りほどく彼の腕は、ずっとこの時期の日差しにさらされたせいで赤くなっていた。
「そんなになるまでどうしたよ」
「……」
彼は答えない。
その目にはもはや木の葉っぱしか映っていない。
この時期は若葉が生い茂る。
――緑。
――アンジーの、目の色。
彼女は姿を消した。もしも近くにいるとしたら――きっとこの木だろう。
ぐったり頭を持たせかける彼の波打つ金髪には、剥がれた木の皮や木くずが絡んでいる。
目を閉じた。その上にふらっとかぶさる前髪。
目の周りも日に焼けて赤くなっていた。
「ぴったりなんだ……」
「ロン……」
脳裏に浮かぶのはいつもお下げにした茶色いくせっ毛。――枝か幹だ。
彼は木に寄り添って満足そうに微笑んだ。
愛の神の化身と見間違う美しい男だった。
木の下で愛しい人を待っている。
「ずっと一緒だ……」
「――しっかりしてくれ、そりゃ木だ」
「生きている」
「ああ、生きてるけども」
「じゃあどこいる」
「ロン……」
「アンジーはどこいる」