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はなしはまたあした

数え年の計算が間違ってるかもしれない……自分の数え年も、いつも二歳ぐらい多めに上乗せしちゃうんですよね。

 天生パパによる風の能力の稽古が始まると同時に、彩さんによる淑女教育も始まった。


「天生様ったら、春風様を男の子になさるおつもりですか! 夫より強い妻がこの世のどこにいるんですか!?」

「いやだが、俺は春風を嫁に出すつもりはないぞ」

「そう言ってられるのも今のうちですからね。婚期を逃した娘はどこへ行っても針の筵なんですよ」

「うちの娘にそんなことする奴は俺が──」

「どうすると言うんです? 腕っ節でおさめようとなさるのなら恥の上塗りですよ。お嬢様の名誉に更に傷が付きます」

「うっ」


 彩さんの口撃には天下の大将軍も逆らえず、パパの稽古が週二、彩さんの教育が週三になった。

 パパの週二は最初から決まっていたけど、私が風を使えると知った直後は特訓と称して毎日仕事を早退しようとしていたから助かった。彩さんには感謝するしかない。

 けれど、身体を動かすよりも机に向かう方が前世でも苦手だったと思い出したのは、字の練習を始めた後だった。


「春、はこう書きます。木簡はこう持って」


 この世界の読み書きは漢字が基本みたいだ。漢文っぽい文法だけど、まだ読み方はいまいちわからない。


「こ、こう?」

「筆先の動きは軽く」

「う、うぐぐ」


 前世でも字が下手だったけど、木簡に書くのってめちゃくちゃ難しい。

 細長い木の板に筆で書き付けるのは結構集中力がいる。書き損じたらどうすればいいのって思ったけど、その部分だけ小刀で削るんだそうな。紙に墨汁で書くのより直しがきいていいけど、難易度高いことには変わりない。


「女らしく細く柔らかく手首を使いましょう」

「ふんぎぎぎ」


 春風、と自分の名前を書いた。出来上がったのは春風っていう名前が泣いちゃいそうな筋肉質な文字だ。

 肉厚でカクカクしてて、風が吹いてるどころか厚い壁で風を塞いでブロックしているみたい。春風じゃなくてこれは無風だ。

 出来上がったものを悲しげに眺めていると、彩さんが励ましてくれた。


「まずは形を覚えましょう。慣れてくれば力の抜き方も筆の加減もわかってきますから」


 うう。『春』も『風』もわかってるんだよ〜でも筆で書くのは下手なんだよ、っていうか字が下手なんだよ〜。とは言えないので、私は少々落ち込みながら頷いた。


 字の練習の次は刺繍。出来は習字と同じレベルだった。

 こ、こっちは前世でもやったことがなななかったし、ま、まだまだ伸びしろがあるってことだよね。大丈夫大丈夫……。


 それから挨拶やお礼など、場面に合わせたお辞儀の仕方などの行儀作法。最上位の伏礼を習ったとき、これを使う相手が同じ家の中にいるんだよなーってソワソワした。


 まだ身体ができていないうちなので、調子を見て授業を早めに終わらせてもらうこともある。

 今日は夕餉の前に時間があったので、庭に降りて軽く散策することにした。


「春風」

「にいさま」


 川の流れをを模した辺りで琥珀様が立っていた。

 今日の水色のお召し物もとても似合っている。指の長い整った手で手招きされたので駆け寄る。川辺で涼んでいたようだ。まだ春になったばかりだというのに、今日の昼は少し暑かった。

 あ、そうだ。


「こんにちは」


 さっき習ったばかりの拱手をぎこちなくやってみせる。

 琥珀様は向かいで膝を抱えて目線を合わせてくれた。目尻を下げて微笑んだお顔が神々しい。


「さっきね、サイさんにおしえてもらったの」

「とても上手だ。私がそなたの年の頃にはまだまだだったぞ」

「わたしだって、まだまだです」

「そんなことはない。春風ならきっとあっという間に覚えられる」


 うーん、琥珀様って結構シスコン気質? 天生パパ二号になりつつあることない?

 私の困惑をよそに、琥珀様は頭を撫でてくれる。

 まだ方法は見つかってないけど、必ずこの優しい人をヒロインと出会わせなければ。

 私のせいで運命が変わってしまうのはいけない。例えこれが私の夢の中であっても、ちゃんと二人が出会うのを見届けてからでないと寝覚めが悪い。


「春風? どうした?」


 心配そうに覗き込んでくる彼に何でもない、と首を振った。





 忙しい日々の中で私は五歳の誕生日を迎えた。


 中華風ファンタジーなら、歳は数えっていう年明けに一歳年を取るカウントじゃないのかって思うんだけど、そこはいいとこ取りした結果なのだろう。


 誕生日に何かお祝いするってわけでもなく、ちょっと髪型が変わったくらいだ。

 背中の真ん中あたりまで伸びた髪を、上半分をいろんな形に結い上げて、下半分は垂らしたままにしている。結い方は色々ありすぎて、彩さんが毎日やってくれるけどとても自分じゃできる気がしない。


 今日は角みたいな結い方だ。布で作った花飾りのついた簪を刺してちょっとおめかししている。

 服も、淡い桃色の上衣に薄黄色の裙子を合わせて女の子らしい。しかもこのツルツルサラサラした手触り、絹だ。細かい刺繍は奏家に伝わる伝統模様とかで、風に遊ぶ草花が描かれている。


「きょうはなんかちがうね?」

「ええ、今日はお客様がいらっしゃるんですよ」

「おきゃくさま?」

「はい。青家の青秀英(セイシュウエイ)様と俊英(シュンエイ)様です。もうすぐいらっしゃいますからね」


 青家。確か、建国の頃から皇帝を支えてきた忠義深い四家の一つだ。

 青家は文官を多く輩出してる秀才の誉れたかい家なんだよね。雪影も実は四家の一つである家の出身だけど、今は家ごと陰謀に巻き込まれて一家離散してる。


 秀英様は今をときめく宰相職の中書令(ちゅうしょれい)

 中書省って詔勅を作成する省なんだけど、これに対抗できる省からことごとく政策を拒否されて、身動きが取れない。これだけじゃないけど、色々な問題があって、賄賂や横領の行き交う朝廷をなんとかまともにしようと難しい立場に立たされている。


 俊英様は……だれだっけ?

 名前から推測するに、青家の人間で、青秀英の血縁者っぽいけど、そんな人いたっけ?


 私と同じように身なりを整えた天生パパと客間で待っていると、まもなくしてお客様がやってきた。


「よく来てくれたな、秀英」

「お久しぶりでございます、天生将軍」


 拱手で挨拶した青秀英はまさに宰相って感じの知性的なナイスミドルだった。

 口元のお髭がキュートな感じで、髪は白い筋がいくつか見える。宰相って聞いてた割には落ち着いた出で立ちだ。華美を好まない人なのかも。


「堅苦しい挨拶はいい。久しぶりだな。宮中じゃあまり顔を合わせんからな」

「ええ、玄冬(ゲントウ)様が存命の頃が懐かしいです」


 玄冬。雪影のお父さんで、秀英様の前に中書令だった人だ。

 その名前が出ると天生パパは懐かしそうに目を細めた。


「あの頃は冬の家に入り浸ってたな」

「その度に冬様は嘆いておられましたな。天生様は秘蔵の酒ばかり空にして帰ると」

「あいつには悪いことをした」


 くつくつと笑う姿は少しも悪いと思ってない。

 親友だったはずだし、よっぽど仲が良かったんだろう。笑う一方で、言葉の端に深い悲しみもあった。


 ところで、私はさっきからずっと気になっている。


 秀英様の後ろからグスグス誰かがぐずる音が聞こえてくるのだ。

 幻聴かとも思ったが、ときどきしゃくり上げる声もするし、聞き間違えじゃない。

 不思議に思ってジッと音のする方を睨んでいると、パパが気付いたように秀英様の前に私を押し出した。


「秀英、うちの娘の春風だ。確かお前のところのちびと同い年だったよな?」

「噂に聞くお嬢さんですな。その歳でもう力が発露したとか」

「ああ、俺も驚いた」


 いきなり立派な男の人の前に立たされて戸惑ったけど、ひと呼吸間をおいて自分を落ち着けた。丁寧に覚えたばかりの挨拶をする。


「おはつにおめにかかります、シュウエイさま」


 秀英様は厳格に頷いた。


「春風殿、私は青秀英。そなたのお父上に昔世話になった者です。そしてこれが──こら、離しなさい、俊英!」


 秀英おじさんの後ろにいたのは小さい男の子だった。

 歳は私と同じくらい。髪は黒で、青い艶を帯びて光っている。顔は涙でぐしゃぐしゃでよくわからない。格好は父親と同じように華美でないけど、いかにもお坊ちゃんって感じの服を着ている。


 どうしたんだろう。めっちゃ人見知りとかかな。

 この歳の頃にはよくあることだ。親戚の子供も眠たい時とか初めての人と会うときはぐずって大変だった。


 今まで私の周りは大人ばっかりだったので、私の身体と同じくらいの歳の子は初めてだ。興味津々で眺めた。


 一向に泣き止まない俊英君に、秀英様は諦めた溜息を吐く。

 大人は気付かなかったかもしれないけど、嗚咽する男の子の肩がしゃくりだけでない大きさでビクついた。


「これが私の息子の俊英です。近頃こうなってしまいまして」

「なに、五つの子にはよくあることだ」

「ですが、寝るときまで泣いておるのです。祖父が亡くなったばかりだからというのもわかりますが、それにしても様子がおかしくて」

「それは奥方も心配だろう」

「すっかり痩せてしまいました。少し休ませてやりたいと思って、天生様を頼ったのです」

「俺は一向に構わぬが、それではこの子が心細いのではないか?」


 天生パパの言うことは最もだった。でも秀英おじさんの考えてることもわかる。


 自分の子供がずっと泣いていて、それが原因不明ときたら奥さんは心配で仕方ないだろう。

 どのくらい続いているのかはわからないけど、少し引き離して休ませてやりたいくらいに心労で弱っていることがうかがえる。


「聞いても訳を話さぬのが悪い。確かに酷ですが、涙は水分を取ればいい。妻の身体は替えがない」


 俊英君がひくひくっと喉を震わせるのが聞こえた。


 残酷だけど、秀英様は今ここで愛情に順番を付けてしまった。


 物分かりがよくなった年頃なら妻を一番にするのは道理だろうけど、まだ両親の愛情を全面的に必要にしている時期だ。この小さな男の子が今のひと言でどれだけ傷を負ったのか。


「うーん……仕方あるまい。うちで預かろう。まあうちには同い年の春風がいるから、案外一緒に遊べばころりと忘れるかもしれんしな」


 天生パパは腕を組んで唸りながら頷いた。


 それからパパとおじさんは何やら大人同士の積もる話をする流れになったらしく、俊英君を部屋に案内してあげなさいと追い出された。

 彩さんが私の部屋の近くに用意してくれたらしい。メソメソ泣く俊英君の手を引いて、長い廊下を進んでいく。

 だいぶ邸の地図が頭に入ってきたけど、私の部屋は邸の奥まったところにあって、その地の利と私兵さんの警備で厳重にしている。反対に琥珀様は私兵さんたちの居住区や練武場に近くて、人の警備で厳重にしている。


 部屋までの道を微妙な雰囲気で歩く。

 そりゃあね、俊英君泣いてたから、ろくな挨拶をしてないし、会話も何もないからね。


「あのう、わたし、ソウ ハルカゼっていうの。よろしくね」


 ちょと振り返って自己紹介すると、グスグス言いながら一応頷いてくれた。

 こっちの言うことは伝わってるみたいだ。


「シュンエイさまはいくつ? わたしはいつつになったばっかりなの」


 これはちょっと難易度高いかも。

 俊英君はうぐうぐ言って答えようとしたけど、上手く言えなくて申し訳なくなったのかまた涙を溢れさせた。ううむ、これは強敵だ。


「なみだがでなくなったら、またおしえてね」


 そう言うと、コクコク頷いてくれた。


「ついたよ。わたしのへやはとなりだから、なにかあったらよんでね。わたしのほうからあそびにきてもいい?」


 コクリ。オッケーもらいました〜。


 ごげ茶色の飾り彫がはいった戸を開くと中は俊英君用に整えられた寝台や卓、椅子に行李が用意されていた。


「おちゃ、のむ? サイさんがいれてくれたおちゃ、おいしいんだよ。サイさんってね、わたしのうばなの」


 お部屋の中の長椅子に座らせて訊ねると、もうひとつこっくり。

 そりゃこんだけ泣いてたら喉渇くもんね。


 私は彩さんを呼びに行って、俊英君の部屋でお茶を淹れてもらった。

 涙でぐしゃぐしゃの俊英君を心配しながら彩さんは私たちの夕餉とパパとおじさんの酒肴の準備に下がった。私のお母さんが亡くなって家を仕切る女主人がいないから大変なのだそうだ。そのうち使用人を増やすって言ってた。


 俊英君はお茶を飲んだ後もさめざめ泣いている。

 うーんこれを毎日相手するのはいくら母親でも大変だ。他人のほうがまだ接し方も気楽にできる。


「よしよし」


 中書令の息子さんにちょっと気安くしすぎかもしれないけど、いつまで経っても涙が涸れないのは見ていて心配になる。

 秀英おじさんが痩せ細ったお母さんの方が息子より可哀想だといっても、私の目の前にいるのは俊英君だし。しゃくりが苦しそうで、息がしんどそうで、なでなでして慰めたいって思ってしまうのは仕方のないことじゃないだろうか。


「いっぱい、ないたらいいよ。なみだがなくなったら、どうしてないてたのかおしえてね。はなすと、かなしいのへるんだって。だから、おしえてね」


 うーん、こういうときに上手いこと言えないもんだな。

 でも、誰かにそばにいてもらいたいとか、泣いてると上手く訳を話せないとか、そもそも五歳の子供が自分の気持ちを表現する言葉を持ってないのも、もどかしいのも何となくわかる。私だって子供だった頃がある……っていうか、なぜか今また子供の身体に入っちゃってる訳だけど。


 それまで泣いていた俊英君が、少しだけ静かになった。

 おっと思ったら、まじまじとこちらを見る目とまともにぶつかる。青みがかった黒い瞳。涙で溺れそうになっていても綺麗な色だった。


 ん? 首を傾げると、またブワッと厚い涙の膜が膨れ上がって、目の縁から滝のように流れ始めた。

 だめだこりゃ。撫でる手は止めずに、私は俊英君とまともに会話をするのを諦めた。とりあえず、泣き止むまでは黙って隣にいよう。


 さめざめと泣いていたのがポロポロになり、ときどき鼻を啜るだけになった頃、俊英君はこくりこくりと船を漕ぎ始めた。

 元々ろくに眠れていなかったのかもしれない、涙で荒れた下まぶたには濃いクマが滲んでいる。それに子供ってそれほど体力が無いから、青家のお邸からこの家にきた緊張とか、移動の疲れとかもどっときたのだろう。


 夢の中にさまよいかけて不安定に揺れる頭を見かねて、俊英君の頭を私の方に寄せて、肩にもたせかけてあげた。

 うっ、重い。子供の頭ってそういや重いんだ。それに私の身体もまだ子供だし。それに熱い。体温が高くてこれだけでじっとり汗が浮かぶくらいだ。だけど汗くさいってわけじゃなく、子供って独特の匂いがするよね〜。乳くさいっていうか、なんていうか……。


 なんて思ってるうちに、私も眠ってしまっていた。


 次にハッと目を覚ましたときには彩さんと天生パパが微笑ましそうに覗き込んでいた。


「お、起きたか」

「あら、残念ですね……」


 なんか子供の寝顔を隠し撮りするパパとママみたいなこと言ってない?


 まだ重たい瞼を擦りながら辺りを見回すと、もう夕暮れだった。彩さんが御簾を下ろして、天生パパが私の肩を枕に寝ている俊英君を抱き上げる。すると、クンッと私の腕が引っ張られた。


「おっ」

「あらまあ」


 俊英君の小さな手が私の袖をしっかり掴んでいた。


「すっかり懐かれたな」


 天生パパが面白そうに感心しながら俊英君の手を解く。

 可哀想だけど、絹の服は高いのだ。よだれが付いてないのは幸運だった。

 寝台の上に乗せられた俊英君から彩さんが手際よく着物を脱がせて上掛けをかける。


「さあ、お嬢様。お部屋で着替えしましょう」

「うん……」


 促されたけど、何となく気になって私は俊英君の寝顔を見た。

 泣いて少しボロボロになってるけど、ふっくらした頰と長い睫毛が可愛らしい。天使みたいなその寝顔を眺めながら、私はもう一度頭を撫でた。


「おやすみ。またあしたね」


 起こさないようにこそっと囁いて、パパと彩さんと三人で静かに部屋を出た。




 着替えて夕餉を少しだけ食べた後、私はもう一度眠った。今度は自室の寝台の上でだ。


 ふかふかのお布団に包まれながら気持ちよくまどろんでいると、何やら大きな物音で起こされた。


 ドタン、と何か重いものが床に落ちたような音。

 それから、啜り泣きが聞こえてきて、音の主が俊英君だとわかった。

 泣きながら何かうわごとのように呟いている。ごめんなさい、とか、ゆるして、とか。誰かに言っているようだった。まさかのホラー?

 さっきようやく眠れたのに、また泣いていたのでは身体を休める暇がない。そっちも心配だ。


 寝台から滑り降り、そっと足音を忍ばせて隣の部屋を覗き込んだ。


 暗くてよく見えないが、部屋の中心にある寝台のあたりで小さな影が蠢いている。


「シュンエイさま?」


 御簾越しに差し込む月の明かりは寝台が遮って、ちょうど影になった中に俊英君はいるようだった。

 そっと名前を呼ぶと、顔を上げる気配がする。


「どうしたの?」


 刺激しないように慎重に歩み寄る。家に連れ帰ったばかりの子猫を相手にしているみたいだ。

 逃げられないようにそっと近づいて屈み込む。また涙でぐしょぐしょにしてるっぽい顔を覗き込むと、青みを帯びた目が潤んで光った。


「……く、の……」

「ん?」

「ぼく、の……」

「うん」

「ぼ、くの、おまもり、ない……」

「おまもり?」


 ひくひく震えながら訴える声を一生懸命聞き取る。

 急かさないのが良かったのか、私の反応に俊英君は少しだけ涙が引いたようだ。


「おまもりがなくなっちゃったの?」


 答えをなんとか繋ぎ合わせて訊ねると、俊英君はコクコクと頷いた。


「だいじなおまもりがなくなっちゃったから、あわててるんだね?」


 もう一度コクコク。


「お、おじい、さまの、だいじな、こがたな」


 お祖父様の大事な小刀?

 秀英様が亡くなったって言ってた人だな。形見にもらうには、五歳の子には早いんじゃないだろうか。

 そう頭の隅で考えながら、私も俊英君にコクコク頷いた。


「わかった。そのこがたな、ここにくるまではちゃんともってた?」


 俊英君は今度もしっかりと頷いた。


「たぶんね、ねるときにきものをぬがせたから、どこかにまぎれこんでるんだよ。だいじょうぶ」

「ほ、ほんと?」

「うん。こうくらいとさがせないから、きょうはもうねよう? サイさんとパパにさがしてもらったら、きっとすぐみつかるよ」

「でも……」

「よーくかんがえて。このくらいなかでさがすのと、あさのあかるいなかでさがすのと、どっちがカンタン?」

「……」


 返事の代わりに鼻をすすった。答えはわかっているけど、不安が邪魔しているのだろう。


「だいじょうぶだよ。ほら、もうねよう? あしたになったら、わたしもいっしょにさがすから」


 押し切って反応の鈍い彼をぐいぐい寝台の上に押し上げた。

 ふわあ。大きなあくびが漏れる。眠気が限界だ。私もここで眠ってしまおうと俊英君のとなりに潜り込んだ。


「え、あ、あの。き、きみ」

「はなしはまたあしたね。おやすみ」

「お、おやすみ?」


 さっきまで泣きべそかいてた子が急にもじもじし始めたのを不思議に思いながら、首元まで上掛けを引っ張って目を閉じた。

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