音を奏でるポテトチップ
お菓子には無限の可能性が秘められている。
時刻は午後十時の深夜に近い時間帯。お菓子会社の開発室にはまだ明かりが灯っていた。
「塩味、海苔塩味、ピザ味、納豆味、コンソメ味にたこ焼き味にとんかつソース味……駄目だ!もうこれ以上ポテトチップに新しい味を付けることは限界だ!」
と叫んだのは商品開発担当者阿倍野誠である。32歳の働き盛り。お菓子開発に10年も関わってきたベテランだ。
「そう言わずに知恵を出して下さいよ。お客様は常に美味しくて食べたことのないお菓子を求めているのです」
となだめているのは営業社員平賀智だ。25歳とまだ若いが有能な営業社員である。
ここ最近、お菓子業界は新商品開発で一大競争を繰り広げている。コンビニエンスストアと手抜き主婦のおかげでお菓子業界に考えられないほどの大金が入るようになり、各社様々に工夫を凝らした新製品を売り出しているのだ。
「所詮、じゃがいもはじゃがいもだ。これ以上素材の持ち味を生かした新しい味はない!」
と阿倍野は机を叩いて怒鳴った。そこへ
「あのー…」
と声をかけたのは40過ぎの本社所属調味料研究員村野信二だ。
「私は新しい味は作れませんが、お菓子に新しい付加価値を付けることはできます。聞いただけでは馬鹿にされると思い黙っていたのですが……」
「新しい付加価値?何だ、言ってみろ。馬鹿にするかどうかは聞いてから決める」
と阿倍野が言った。すると村野は食品用タッパーに入ったポテトチップを差し出した。
「味は普通の塩味ですが、私の開発した新成分を含ませてあります」
「どれ、一口……何だ?噛むたびに口から音がする?いや、連続して噛めば音楽だ!この曲はビートルズの曲だ!」
「そうです。こっちのポテトチップにはローリングストーンズの音楽が流れる配合にしてあります」
と言うと村野は別のタッパーを取り出した。今度は平賀が一口食べてみた。
「これはすごい!味は平凡だが、確かに口の中から流れてくるのはローリングストーンズだ!」
「私は長年の研究で音を植物由来の健康に害のない成分に録音する調味料を作るのに成功したのです」
と村野が頭をかきながら言った。
「さっそく売りだそう!これは今までにないお菓子だ!」
阿倍野と平賀が同時に言った。企画書もすぐにゴーサインが出て
「新発売!ポテトチップ唐辛子味 レッド・ホット・チリ・ペッパー!」
と新商品がお菓子売り場に並んだ。
4ヶ月後、阿倍野に平賀、それに村野の3人で大型スーパーのお菓子売り場を歩いていた。
「しかし、すごい新成分だな。噛めばいい食品ならどんなお菓子にも配合可能とは」
と阿倍野が言った。
「見て下さい。ウチの新製品ですよ。サザン・オールスターズせんべいに、ガンズアンドローゼスチョコレート、They might be Giantガムまで」
と平賀。
「音楽の著作権分お菓子の値段は高くなるのですが、音楽は一度作ってしまえばいくらでもコピー可能ですからね」
と村野が照れながら言った。
「あ、平賀さん!オタクすごい新商品を出しましたね!バカ売れですよ!」
と売り場にいたスーパーの仕入れ担当者が3人に声をかけた。
「売れていますか」
「今までは音楽は一度買ってしまえばおしまいでしたが、お菓子化することで気に入った曲をもう一度聞きたいお客は何度でも買ってくれますからね。売る側からすれば笑いが止まりませんよ」
「ウチも今波に乗っていますからね。いっそのこと全商品この成分入りに切り替えも検討中ですよ。ガンガン新製品出しますので期待してて下さい」
と平賀が答えた。
その日の夕方。家に帰った村野はいつものクセでソファーに寝転びながらテレビを見ていた。
「4回表、ツーアウトツースリー。4番打者には期待がかかっていますよ」
テレビのアナウンスを聞きながらお菓子の袋を開けて一口かじる。
「さあ、ピッチャー投げま・・・すれ違い♪行き違い♪・・・大きい!玉はライトに向かってぐん・・・二人の恋は♪・・・伸びる!・・・ときめきラブ♪・・・です!」
村野は思わすつぶやいた。
「しまった。このお菓子は音入りだった。テレビを見ながら食べられないじゃないか」
同じ事は世間でも起こっているだろう。音楽を聞きながらチョコレートをかじるたびに別のアイドル歌手の歌声が混線する。大好きなせんべいをかじるごとに嫌いな曲が再生される。
「やはり、普通の奴も平行販売しよう。やはりお菓子は味が一番だ」
ショートショートはアイデアやオチも大事だが、一番大事なのは仕上げ方。