いざ大海原へ。
「本日より艦長に上番する、奈良井 奏多です。」
威勢良くみんなに挨拶!
大学を卒業したけど自分に合ってる仕事が見つからなかったのを理由に
防衛局へと入隊して五年。入局時の試験で指揮能力が高いと評価されてしまった俺は、
様々な役職で管理職を経験させられ、なんと29と言う若さで艦長になってしまった。
責任とか重すぎると思うんですけど。命令には争うことができないのが辛い、、、
そんなこんなで今日から船でのお仕事!張り切ってやっていこう。
まぁそんなに単純なことじゃないんですね、これが。
俺が乗務することになった船は、メリケン製アーレイバーク級の防衛局アレンジ版、
いわゆるイージス艦ってやつの47番艦、しなの。
最新艦なら楽チンだね(^^)vって思っていたら、目の前に広がる取説の山。
見た感じ五千枚以上ありそうなんですけど。一通り目を通しておけって無理ゲーだろw
文句なんぞ言えるわけがなくかれこれ12時間。半分まで読み終わったところで
出勤のお時間がきて現在に至る。眠いよ。てか眠い。
明日から船での勤務となるらしく、艦長室には俺の名前が貼ってある。
なんだか恥ずかしい。そんなことを考えながら艦長室の扉を開ける。
あれ?おかしいな。なんかやけに物がそろってるって誰だよ、
宿舎から勝手に荷物を移した奴。色々困るものもあったのに!!
本棚の中身とかべべべベットの下に置いてたやつとか全部並べられてるんですけど。
「お荷物を移しておきましたので。確認ください。
安心してください。
ちゃーんと全部、ぜ・ん・ぶ、持ってきていますから。この変態」
透き通った声で煽られた。てか怖いわ。めちゃくちゃ怖いよ。
少し幼さが残る顔に、凛とした表情。それにすらっとした足の(これ大事)
世の中の基準では美女に値するであろう局員さんに言われてしまう。こんな艦長で良いのだろうか。
「一応艦長なんですが…」
一応艦長らしく振舞うべきか。
それに階級の差を使えば冷血美女だってイチコロさ!ってべべべつに変なこと考えてないし。
「これは失礼いたしました。奈良井エロ中佐。」
エロチュウサ?ナニソレボクシラナイ。
ってか名前なんで知ってんだよ。あ、さっき制服に着替えてる。階級章もついてた。
「俺が中佐だとお分かりなら一応発言には気をつけていた方が良いのではないですかねぇ、、、
俺なら全然いいんですがね!他の上級士官には気をつけた方がいいと思いますよ。」
「艦長のくせに敬語とかww。申し遅れました。私、本日からこの船の副長に上番いたしました、
神楽坂 桜智です。あー、階級は中佐です。よろしくお願いしますね、エロ艦長。」
いやいや良くないから。てかエロ艦長だけ妙に冷たく言ったよね。
「あ〜、エロ艦長。言い忘れてたけど私も同い年なんで。」
マジで?階級も同じで同い年だとぉ。この船大丈夫かな?
というかそんな若くて大丈夫なんだろうか。海上指令もわけわからんことするなぁ。
彼女が副長なら、一緒に船を守っていかなければならない。
仲が悪くなって気まずくなるようなことは決してあってはならない。
そのためにも会話が大切なのだ!世間話(?)をしたほうが親睦を深められそうかな。
「ところで、どうしてこの船に?」
まずはこう切り出してみよう。
「副長になりたかったんで志願したんです。そしたら、同い年の人が艦長の船が余ってるって言われたんで、ぜひお願いしますと。」
「俺が男だってことをわかって志願したのか?」
「はい。そうですよ。」
なにこれ。こんなにラッキーな展開あるか!ついに人生の幸せへのターンポイント来たんじゃね。
マゾじゃないけどこういう女の子結構好きなんだよな〜。って変なことを考えるなよ俺。
「変な期待させました?もし何か期待してるのであれば、どうぞ5インチ砲の前へ。
どうせだったらVLSの上でもいいですよ。早く吹っ飛んでください。そうすれば晴れて私も艦長になれるんで。」
「考えてない。なにも考えてないから。」
怖い。怖いよ。5インチ砲の前に立てってできるわけないでしょ。てかいまCICの方に行こうとしてる?
「やめてください。死にたくないです。」
「いまから火器管制のテストに行くんですが?あぁ、5インチ希望ですか? 冗談ですよw」
「そ、そうか。」
満面の笑みで言わないでくれ。怖いから。というか出だしはよくないな。
これから仲良くできるかな。結構不安だ。それはそうと仕事だ。資料の読み合わせに戻るか。
一時間ほどたっただろうか。ようやく五千枚以上もあった資料が読み終わった。
2027年にもなっているのにこう言う資料は電子化するべきではなかろうかとつくづく思う。
そもそも電子端末の操作を紙に書かれてもわかんねーよ。
そんな文句を頭の中に浮かべていたところ、ぐぅーっと腹がなった。
「もう14時じゃねぇか。」
手元の腕時計で確認する。船に乗艦するのは入隊時ぶりだ。
窓のない艦内ではいつも時間感覚を失っていたっけ?
そんなことはどうでも良いので、幹部食堂へと足を運ぶことにした。
「流石にこの時間じゃ誰もいないか。」
扉を開けるとその先には不運いや幸運にも毒舌冷血副長が体勢を崩してコーヒーをすすっている。
「こんな時間にどうしたんだ?」
スナック菓子を手にとって話しかける。
「ここにいることに何か問題はありますか?エロ艦長。」
さらっと流された上にバカにされた。心HPがぐんぐん削られていく。
いつまでエロ艦長の呼び名で呼ばれ続けなければならないのだろう。そう思いつつ、
「流石に出港したらその呼び方はやめてくれよ。冷血副長。」
と、仕返しついでに大切なことを伝える。
「失礼ながら、私には暖かい血が流れていますよ。触って確認されますか。艦長?」
「えっ?」
今触って確認するとか言ってたよな?いやいや流石にダメだろ。
「今赤面しましたね?なにを考えていらっしゃったのですかね。エロ艦長。」
「な、なにも考えていないさ!ははは、、、」
「ふぅーん。そうですか。それでエロ艦長。本艦のマニュアルには目を通されましたか?」
「あぁ、一応な。」
「ちょっと変だと思いませんでしたか?」
「なにがだ?」
あの資料で違和感を覚えたことなんてなぜあんなに量が多いのか程度しかなかったし、
内容も問題なかったと思ったけど、、、
「武器の搭載量ですよ。対空ミサイルが46番艦までよりも10発多くなっている上に対艦ミサイルは5発、対潜魚雷は倍になっていますし、何よりも対地攻撃用の東京ドームも吹っ飛ばせるようなミサイルが搭載してあるんです。それに5インチ砲もGPS誘導弾に変わっていました。」
「まったく目をつけていなかった。だが、強いのは問題なのか?」
「問題ですよ!こんな装備必要になることなんてほとんどないと思うんですよ。
対地攻撃ミサイルの射程なんて5000kmですよ。どこに飛ばすんですか!」
「とりあえず落ち着け。考えるから。」
そもそも防衛局にそんな射程のミサイルがあることに驚きだ。それよりもこの武装の量はなんだ?
そもそも一隻の軍艦に対して100発以上のミサイルが打ち込まれる事態はほぼないだろうし、
現代戦の主流は旗艦護衛だ。イージス艦5隻以上で護衛任務を行うはずだから、ミサイルは50発程度で大丈夫なはずだ。この艦だって第三艦隊に所属することになっている。
防衛局は戦争でもしたいのか?ん、戦争、、、
「戦争とか?」
口に出してみる。
「そんなことってありますかね?」
きょとんとした顔で言われた。
「でもあり得ると思う。そもそもまだ20代の俺たちがこの船を指揮できるんだぞ。
確かにシステム艦だから画面操作ぐらいしかすることないけど、若すぎだろ。
それに最近イージス艦を建造しまくってるよな。何か裏があるように思えるんだが。
てか武器の搭載量の変化に気づくぐらいならそれくらい想像つくだろ。」
「ぐぅ」
冷血副長が頬を赤らめる。こんな表情もできるんだ。
ちょっと可愛いかもってなに考えてるんだ!
「でも考えすぎか。」
「私もそう思います。」
正直ここ最近世界情勢は怪しくなってきている。1ヶ月ほど前に日本の平均株価が暴落した。
フィリピン沖の洋上基地勤務だったため情報は少なかったが、
本土の各地で暴動が起きているとの話もちらほら聞いた。物騒な世の中だ。
それでも本土周辺の各国や、洋上基地周辺の各国では目立った軍事行動もない。
そう、不思議なぐらい平和なのだ。
今日はいよいよ発出港の日だ。感情の起伏が少ないことで定評がある俺はいたって普通に業務をこなす。
さてと、白いブレザーに金色の階級章。
何の変哲も無い儀式用のサービスドレスに着替えた。
「サービスドレス、似合ってませんね。艦長。」
このセリフを副長をはじめとする艦橋付きの士官全員に言われた。
しかもこの艦橋女性多くね。いや男女平等はいいことだよ。でも男を女性たちの中に一人落っことしておくのもどうかと思うんだよね。配置案作ったのだれだよ。あ、冷血副長、、、
「艦長、出港準備できました。」
「おう、お疲れ。」
「いやいや艦長、指令に指示仰いでください!」
副長の声が響く。
「こちらしなの、海上指令にVHF回線経由で交信中。出港準備完了。出港の許可願います。どうぞ」
『こちら海上司令。出港準備了解。しなの出港せよ。』
「しなの了解。これより作戦行動に伴い明日明朝0400まで電波管制。交信終わり。」
「出港用意!」
甲高い声が響く。よくあるラッパか鳴り響く。それと同時に任務へとモードを切り替えた。
「一番離します。艦長。」
細身にサービスドレスがよく似合っている操舵手、漣 未來が確認を取る。
女の子に話しかけられるとか奇跡!いや業務だから当然か。
「一番離せ。」
規則上、命令形にしなければならないのが少し辛い。
「一番離せ!」
伝言レースみたいに命令が伝わっていくのは何か楽しいものがある。
ふと右舷の窓から外を見てみると、船首に向かって自分の部下たちが並んでいる。
こいつらをしっかりと守るのが一番の任務だ。
「舫離せ!」
船と繋がれていた舫が次々と外されてゆく。
タグボートに押し出され、船は大海原へと出ていく。なにこれちょっとかっこいい。
タグボートが基地へと戻り、周囲になにもないことを確認する。
車も船も基本的にやることは同じだ。
「両舷前進微速。方位0-9-0へ舵を取れ。」
「各部状況知らせ。」
ほうれんそうはどこの職場でも大切だ。
「火器管制異常なし。」
「推進器異常なし。」
「通信異常なし。」
全て異常がないことを確認できた。それでは艦長のありがたいお話といくか。
『ピーー』
艦長が話す前のこの笛うるさいなぁ、、、
「艦長の奈良井です。これから我々は約1ヶ月半の慣習航海へと向かいます。
経験豊富な皆さんと違い、まだまだ未熟な艦長ですがどうぞよろしくお願いします。
これからはこの船にいる仲間は家族と同等、いや、それ以上のものだと思って接して欲しいです。
助け合い、教えあい、尊敬し合い、理解し合う。そんな船にしていきましょう。
当然この船には私より年上の先輩方も務されていることでしょう。
もし、私に至らぬことがあったらいつでも指摘してください。後輩として真摯に受け止めます。
以上です。」
そっとマイクをかける。マイクがいつもよりも重かった。乗員たちへの責任の重さだろうか。
さて、副長と見回りに行こう。
「航海長、しばらくブリッジは任せます。」
「了解で〜す。」
えらく軽い返事だな。これは後でみっちり指導をゲフンゲフン。良からぬことを考えた。
艦長失格だ。
「柏崎!船を任された自覚はあるのか!!」
そう怒鳴ったのは冷血副長。
「まぁまぁ、その辺にして、、、」
「これだから艦長はダメなんです!!
あなたが厳しくしないせいで規律が乱れる。本当にそれでいいと思ってるんですか?」
「でも俺は威張れるような年齢でもないし、、、」
「なら私が代わりに規律を守らせます!」
「柏崎。いいか。操舵を任されるというのは、この艦の乗員、周囲の船舶の人の命を預かっているんだぞ。自覚を持て!以上だ。」
「悪いね、柏崎。よろしく頼むわ。」
「失礼いたしました艦長。以後気をつけます。」
「そんな暗い顔しないで。じゃあ船を頼むよ。」
「了解っ!」
あそこまで真剣に人を指導できるとは桜智さんもなかなかだな。熱血副長かな。
「なに見てるんですか?エロ艦長。上層部に報告しますよ。」
「それだけはやめてくれないかな?なにもしてないし。」
「へぇー。何ですかね?その熱い視線は。」
「感心してただけだよ。副長らしいなーって。」
「どうもありがとうございます。それはともかく命令はきましたか?」
「本艦は電波管制中で命令はこないが、最初に通達書がきていてね。
『出航後は沖縄方面へ舵を取り、道中の海路の安全を確保し、必要ならば機雷の掃海なども行え』
だとよ。」
「ずいぶん大雑把な司令ですね。」
「まぁ慣習航海だからこんなもんだろう。特に気を張る必要はなさそうだ。
まぁ後ろに5日の距離には第三艦隊の本隊も来ることになっているから、
あらかじめ一隻で下見って感じじゃないかな。」
「でも何で電波管制を?」
「あぁーそれか。なんか司令曰く、電波管制下での運用能力を高めるためだとさ。
慣習航海で行うようなことでもないと思うけど、命令だから仕方がないかな。」
「どこの司令からで?」
「掃海の方は海上司令から、電波管制は艦隊司令からだ。」
「そうですか。また仲悪そうですね。あの二つの司令。」
「まぁ仕方ないだろ。」
「では私は機関室へ行きます。」
桜智は足早に機関室へと向かった。
命令といえば、防衛局の命令系統は少し面白い。まず個々の艦艇への命令は、
海上司令室から出されることになっており、命令レベルは3。数字が低いほど命令が強いものになる。この海上司令室の上部機関は内閣で、内閣総理大臣が命令権をもっている。
つまり、防衛局の本隊や中央司令を通さずに総理が命令を出せる仕組みになっているのだ。
そして、艦隊司令部。つまるところの旗艦艦長の命令レベルは2。たとえ海上司令部から出た命令があったとしても、現場に近い艦隊司令部の命令の方が重視される。それなりに納得の仕組みだが、
一度海上司令を通してもいい気がする。
そして命令レベル1の太平洋軍事条約命令。アメリカ、日本、オーストラリア、
国連軍が統合された、太平洋海軍機構PONFO(Pacific Ocean Naval Force Organization)
から下される命令だ。米日豪の三国が同意した作戦において、統合機関のPONFOが
命令を一貫してだすことができる仕組みになっているのだ。
この三国の艦艇には必ずPONFOラインという受信機が搭載されていて、
ここで受信した命令は最重要視される。過去の使用例は一度だけ。
日本に向けたイランからの核ミサイル撃墜命令。発射から30秒で命令が下され、
89隻の艦艇がデータリンクで目標を捕捉し続け、大気圏外で撃ち落とされた。
のちの調査で、核ミサイルはテロリストが所有していたものと判明したが、
その後音沙汰はないらしい。核の入手経路もいまだに謎。
かれこれ12年前の話だ。
「よし。CICだ。」
CICはこの船の心臓といっても過言ではない。ほぼ全ての火器管制系統が集中していて、
最近では、目視での確認はできないものの、船の操舵もできてしまう。
「艦長上がられます。」
砲雷長で同期の呉 佑太が言う。
「お疲れ佑太。それで状況は?」
「状況といってもねー。艦長様が電波管制を命じられてるもんで何ともいえませんがねぇ。
ひとまず機器類は正常ですよ。」
「それは良かった。ソナーはどうだ?当然パッシブは使用禁止だが、海中に潜水艦等は潜んでなさそうか?」
「いたって正常だよ。イルカの声や、漁船の反響音すら聞こえてこない。」
「それは良かった。引き続き全周警戒で頼むぞ。」
「了解です。艦長。」
優秀な部下が揃っている。よい船が作れそうだ。
「若いくせに調子乗りやがって。」
どこからともなくぼそっと聞こえてきた。無理もない。年下に命じられるほど嫌なことはないのかもしれない。
「それでは失礼します。」
「チッ」
聞こえなかったふりをしてCICを後にした。
各所見回りをしてから三時間ほどがたっただろうか。
順調に航海は進み、太平洋を斜めに移動しながらフィリピンのEEZを出た。
ここからはしばらく公海。どこの国のテリトリーでもない平等な海を進む。
つまりは、多国籍の軍艦や民間船舶も当然いる。
電波管制中である以上、余計な行動をせずできるだけ見つからないようにしなければ。
「公海長。状況は?」
「順調に航海しています。沖縄までの最短距離を航行中です。」
「あとどれくらいで沖縄に着きそうだ?」
「あと4日程度かと。」
「了解した。航海長ありがとう。しばらく休憩に行ってくれ。」
「ありがとうございます。」
ピシッと敬礼をした彼女はとても凛々しい。
「操舵手、艦長操艦に切り替える。針路を維持、出力3分の1で20ノットまで増速。」
「了解。針路0-8-0 出力3分の1。20ノットまで増速。」
「ありがとう。」
だんだん暗くなってきたな。
「当直士官。赤ライトへの切り替えを頼む。」
「了解。」
闇に目を慣らすための赤ライトへと切り替えられた。
「沈んでいく夕日が綺麗ですね。艦長。」
副長の頬が夕日で赤く染まる。とても綺麗だ。夕日が似合う女性は多いと思うが、
制服を着た女性で夕日が似合う女性はなかなかいないのではなかろうか。
「あぁ。この椅子に座って夕日を見れるのはとても幸せだ。」
「あのー艦長?なに見つめてるんですか?」
ついつい見とれてしまった俺に的確なツッコミを入れる冷血熱血(矛盾)副長。
「気にするな。」
と言った瞬間だった。
レーダー画面にしなのへと向かう赤い線が一本。それと同時に、警告音が鳴り響く。
「艦長。未確認船舶に火器管制レーダーを照射されています!」
「はぁ?なぜだ!本艦はステルス形状だぞ。航海用レーダーに映るわけがないだろ。」
環境に衝撃が走る。
「CIC!電波管制解除。CIWS、ESSMを用意。」
火器管制レーダーを照射された場合、大抵ミサイルが高速で突っ込んでくる。
ミサイルを迎撃するためには、赤外線誘導で弾幕を張ってくれるCIWSや、
短距離に近づいたミサイルを落とすESSMを使うしかない。
「俺はCICに行く。操舵を頼む、副長!」
「了解。回避行動を開始。両舷前進全速!」
慣習航海でこんなことってありかよ。火器管制レーダーを当てられたのなんて人生でいちどもねぇし!
「佑太!どうなってる?」
「現在レーダー波から船舶を解析中。あと一分で完了。」
「まだ対空レーダーは起動していないよな?」
「まだ水上探索レーダーを含めて起動しておりません。」
「分かった。ソナー。相手船舶の距離は音でわかるか?方位は1-8-1だ。」
「了解です艦長。ただいま確認中。えーと、ここから約50海里の距離です。」
50海里ならSM-2でミサイルを迎撃できる距離だ。主砲で対処しなきゃならない距離に近づいていなくてよかった。
「分かったありがとう。佑太!SM-2を用意しろ」
「了解」
ふと無線機器類の方へ目を向けてみると、傍受装置が起動していない。
「なぁ佑太。どうしてあれ切ってるんだ?」
傍受機の方へ指を差す。
「えっ。何で切れてるんだ?おい!すぐに起動しろ。」
佑太が部下に指示を出す。
「電波管制中には必ずつけておく規則だよな?なぜオフになっている?」
「わかりません。」
無理もない。このCICの機器類の中で、一つ残らず全ての機器をチェックできるはずがない。
しかし、ここは軍艦。たとえ無慈悲だと思われても言わなければならない。
「わからないじゃない。なぜ確認していないんだ!
ましてや今の状況で一番確認しておかなければならないことだろ。」
久々に人を怒った。本当は怒りたくない。でも乗員94人の命がかかっていること、
しっかりと言わなければならない。
「佑太。悪いがひとまずCICを出てくれ。俺が指揮をとる。おい、そいつの電源を入れてくれ。」
『This is United States Navy war ship 192. This is a final alert for unknown vessel.
If you no contact, we will fire. Say again、、、』
は?アメリカ海軍だと。しかも最終警告じゃないか!応答しなきゃまずいことになるじゃないか。
「無線封止解除!無線を貸せ!」
早くしないと沈められる。
「This is Japanese Naval Defense force ship id 147. I say again, this is Japanese Naval Defense force ship id 147. We have no intention to attack your ship. I am your alliance ship.」
『Good after noon JS SHINANO. We received your X band radar wave for five times.
We recommend you to check your radar system.』
「Thank you for your advising. Over.」
対空レーダー波を受信した?意味がわからない。
電波管制中である以上、本艦から電波が飛んでいくことは一切ないはず。
「艦長。少しお時間よろしいですか?」
そう言ったのは、艦橋から降りてきた神楽坂だった。
女の子と密室に二人きり。これが学校や家、寮とかだったらとてもうれしい状況。
しかしここは護衛艦の中。監視カメラもいっぱい。それに、、、
「何じろじろ見てるんですか?エロ艦長。」
「そんなに見てないよ。副長さん。その、なんだ。今まで男子しかいないようなところで勤務してきたからこういうのに耐性がないんだよ。そんなことよりも呼び出しなんてどうした?」
「これだから艦長は、、、 これを見てください。」
そこに差し出されたのは、タブレットの画面。何やら時間が表示されている。
「先ほどアメリカ海軍籍の艦艇から警告がありましたよね?」
「あぁ。ちょうど気になっていたところだ。」
「まさかエロ艦長が英語を喋れるとは思っていませんでした。それは置いておいて、
私も結構引っかかっていて、少し調べてみたんですよ。」
「それがこの時間ということか?」
「はいそうです。この時間、
本艦が洋上基地を出港してからのSPYレーダーの起動履歴なんです。」
「そんなことまで調べられるのか?」
「調べるのには一分とかかりませんでしたから。」
多分調べ方なんてあの五千枚のマニュアルの中にあったんだろうけど、
戦闘に直接関係すること以外のさほど重要ではないところはさっぱり覚えていない。
「ちょっと見せてくれ。」
・13:12 起動開始
・13:13 正常終了
・13:47 起動開始
・13:51 正常終了
・15:10 起動開始
・15:11 正常終了
・16:00 起動開始
・16:02 正常終了、、、
「なんだこれ。起動と終了を細かく繰り返してる。アメリカさんがレーダーをチェックしろって言ってたのはこのことか。」
「おかしいですよね?」
嫌な予感がする。早々に対策をしなければならない問題だ。
「副長。いったん機関停止と艦内封鎖を頼めるかな。
それと船首と船尾に4人ずつ見張りを配置してほしい。」
「了解です。でもどうされるおつもりで?」
「CIWS以外のシステムを一度再起動する。コンピュータウイルスの可能性も99%ないと思うが、
疑ってみる必要はあると思うんだよね。システム系のチェックは俺がやるから。」
「わかりました。」
一旦CICに戻り、10分ほどが過ぎたころ副長から報告が来る。
「期間停止と艦内封鎖は完了しました。」
「ありがとう。ここからは俺が直接指示を出す。
よしみんな!いったんCIWS以外すべての端末に再起動をかけてくれ。
データリンクや火器管制も全部だ。」
「了解!」
そろって声が響く。再起動まで10分。この間のCIWSの操作はやはり一流の腕がいる。
「佑太。少しは落ち着いたか?さっきCICから出るように命令したのは、
間違えたことの責任を取らせるためじゃない。焦っていた佑太に落ち着いてもらうためだ。
この緊迫の状況下でCIWSをしっかりと操作できるのはこの船で佑太、お前だけだ。
よろしく頼むよ!」
「了解です!艦長。」
続く。