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群衆を諭すモノ

「黒曜の愚か者どもッ! いったい、何を考えておるのだッ!!」

「「ひうッ!?」」


女王不在の玉座の側に立つ宰相テオドールが配下より報告を受けて怒鳴り声を上げ、控えていた侍女たちが小さく悲鳴を零す。


先日に改革穏健派のマーカス司祭が暗殺されてからというもの、王都の各所で黒曜のエルフたちが抗議集会を開いており、その規模も増加傾向にある。


抗議の一環として、自由と平等を謳って王城へと向かってくる黒曜の民には改革過激派が混ざっており、群衆を押し留めようとした衛兵に危害を加え、暴言を浴びせるという狼藉を働いていた。


それだけならまだしも、今回の報告では白磁の区画で店舗を襲ったり、路上で白磁の民に危害を加えた者もいたという。


「農牧への従事もせず、日々の暮らしを疎かにして馬鹿騒ぎなどッ! 何故、自由と平等を口にしながら無法を働くのかッ!!」


「…… お父様、民は扇動されて騒ぐだけで、全ては一部の悪意ある過激派達の仕業です。そこを見失えば判断を誤りますよ?」


憂い顔で父を窘めるのは憤る宰相の娘エリザだ。比較的若い百数十歳のエルフであり、シルバーブロンドの巻き髪に深い翡翠色の瞳を有する美しい娘である。


「すまないエリザ、無様を晒してしまった…… お前たちも驚かせてしまったな」


「いえ、お気になさらないでください、テオドール様」


彼の脇に控える侍女たちが静々と頭を下げる。


「しかしな、そのような輩に容易に扇動される黒曜の連中が許せんのだ」


「全ての民が優秀でしたらそれは異常ですわ、そのような者は少数で、残りは普通とそれ以下といったところですから、致し方ありません」


飄々とした娘の物言いにテオドールが頷く。


「ふん、民の声を反映した(まつり)など衆愚に過ぎんな…… 故に我ら白磁の氏族が導かねばならん」


「その考え方が黒曜のエルフたちの反感を買うのですよ、お父様。そもそも(まつり)は多くの民の合意の上に成るものですから、彼らをないがしろにする事もできません」


ひと呼吸おいて、彼は娘に問う。


「では、どうしろと?」


「黒曜の氏族に限らず、時間をかけて知識や良識を育てるぐらいでしょうね…… 急激な変化は軋轢と反動を生みますもの」


エリザの答えは典型的な保守穏健派のものであり、保守過激派である父親の考えとはまた方向性が異なる。


「だがな…… 改革過激派の連中はそんなものを求めていない。あの愚か者どもを何とかするのが先決だろう」


「えぇ、そうですわね」


テオドールは典型的な保守過激派であり、優良種たる白磁のエルフが他の氏族を導く責務がある等という少々問題のある思想を持っているが、愚物ではない。


先の中央議会襲撃事件の際には、自由に平等を唱えながら暴力を振るい、犠牲者を出した改革過激派の危険性にいち早く気づいていた。


故に自身が法を犯して裁かれるのを承知の上で、改革過激派とそれを纏めるグレゴルを強襲して捕えようと行動していたのだ。


前宰相デルフィスに諭されて踏みとどまったが……



「ところでエリザ、世界樹の様子はどうだ?」


ちょうど女王アリスティアが失踪し、宰相デルフィスが何者かに殺された時、世界樹の生命力が著しく低減するという事態が発生した。


その際、世界樹の生命力を魔力に変換する青銅のエルフの魔道装置により維持されていた上下水道が止まったり、生活魔法が使えなくなったりと混乱が起き、急ぎの調査が行われたのだ。


「リスティ、報告を……」


エルザの後ろから、女王を補佐する立場になる世界樹の巫女が進み出る。


「…… 先日の世界樹の不調ですが、恐らくはアリスティア様の生死に関わる何かがあって、世界樹から膨大な生命力が女王陛下を生かすために消費された故と推測されます」


「では、やはり女王陛下は……」

「はい、生きておられます」


テオドールの言葉を食い気味にリスティが断言した。


「むぅ……」


暫し、テオドールは難しい顔で思案する。


改革を推し進める女王アリスティアは彼にとって不都合な存在であるが、現状で最もハイエルフの血を濃く引き継ぐ存在である。白磁優性主義を重視するテオドールはその信念に於いて、女王の存在を軽んじる事ができない。


「わかった、女王陛下がお隠れになった北部森林地帯を中心に捜索隊を出そう」


「それがよろしいかと思います、さすが、お父様ですわ」


既に保守穏健派が捜索しており、謹慎中の侍従騎士たちにもお願いする手筈だが、人手は多い方が良いとばかりにエリザは父親に賛同を示して親子で頷き合う。


「……まだ、報告に続きがあるのですが」

「あぁ、続けてくれ」


「過日の混乱収拾のために都市機能の維持を優先し、他都市の世界樹の生命力を地脈経由で分けてもらったため、各都市周辺の迷いの結界に揺らぎが生じております」


その事態は当初から予測されていた事であるが…… 王都が火種を抱かえている現状で、更なる混乱を民に強いれば色々と暴発しかねない。その為にも都市機能の維持を優先していた。


「どれくらいで、元の世界樹の状態に戻りますの?」

「早くて一月、遅くとも半年かと……」


「その間、何も無ければいいのだがな」

「警戒を密にするくらいしかありませんわね……」


エリザがシルバーブロンドの巻き髪を弄りながらため息を吐いたところで、謁見の間に彼女付の侍女が入室し、何やら耳打ちをする。


「申し訳ありません、お父様、来客がありましたので失礼致しますね」


それだけ言うと彼女はそそくさと場を辞する。

何しろ、エリザにはやるべき事が多いのだ……


彼女が私室に戻ると、そこには青肌と浅黒い肌を持つ二人のエルフの男が佇んでいた。


「よく来てくれました、ジーベル殿」

「いえ、今の状況を憂いているのは我々も同じです」


そう応えたのは黒曜のエルフを中心とする改革穏健派で皆を纏めるジーベルという男だ。非暴力不服従を訴えたマーカス司祭の遺志を継ぐ者の一人でもある。


「それにありがとう御座います、シェアド殿」

「まぁ、これぐらいならば中立の立場の範疇だよ」


こちらは王都の青銅のエルフたちを纏める工芸ギルドの長シェアドだ。


王城への出入りを許されている彼の立場を利用して、納品物を積んだ馬車へとジーベルを紛れ込ませ、秘密裡に連れてきてもらった。


「早速ですが、ここに来てくれたという事は…… 協力していただけるのですね」

「えぇ、私たちだけでは、過激派のならず者が皆を扇動することを止められない」


元々、エリザが属する保守穏健派は急激な改革が混乱を引き起こすと危惧しただけで、改革の全てを否定していたわけでもない。その主張は改革穏健派の考え方と通ずるものはあった。


「私たちもできる限りの支援を行いますので、共に過激思想の廃絶に尽力しましょう」


にっこりと微笑んだエリザが手を差し出し、ジーベルはその手を取る。


「青銅の氏族にもご協力いただければ、心強いのですけれど」


あざとく小首を傾げて可愛さを演出しながら、彼女はシェアドにも視線を投げ掛けるが……


「すまないが、私の一存では青銅の氏族は動かないよ。私にできるのは改革過激派に武器が流れないように配慮するくらいだが…… やり過ぎると中立とは言えんな」


そう言いながら、彼は両肩を竦めた。


この日、グレゴルが率いる改革過激派の伸張を抑え、一連の混乱を収拾するため保守と改革の穏健派が手を取り合う事となった。

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