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その頃の“鎮守の森”

古代の森と呼ばれる森林地帯にエルフたちの国 “鎮守の森” がある。そこには現在、四本の世界樹が存在していた。


世界樹は数千年を超える長い寿命の中で1~2個の種を落とすが、密生できる樹木でもない。また、その種は条件さえ揃えば二年程度で成木となる事情もあり、それらは大事に白磁のエルフ氏族の手で保管される。


というのも、エルフたちの居住区画は世界樹の影響範囲とほぼ等しいからだ。


世界樹はその根を地脈に張り巡らせて大地の生命力を循環させる性質があり、エルフたちはその一部を分けてもらい、魔力と転じて生活の中で魔法を扱う。


…… 彼らは世界樹の生命力に依存していた。


つまり、本当に魔法の資質がある者を除き、大半のエルフたちは世界樹の側から一定以上離れると魔法を行使できない。その生活文化の中に魔法が組み込まれているにも関わらず……


故に彼らの都市の中心には “世界樹の森” があり、そこから同心円状に白磁のエルフ居住区、青銅のエルフ居住区、黒曜のエルフ居住区の順に街が造られていた。


なお、世界樹が四本あるということはエルフ達の都市も大小合わせて同数ある。ここはその中で最大の約1万2000人が暮らす王都エルファスト、その青銅のエルフ区画の中に在る工芸ギルド王都支部だ。


「納得がいかないのですぅ! どうしてアスタが投獄されるのですッ!!」


「…… 実際に犯行に使われたのはあいつが作った魔道具や武装だ」


憤る青肌エルフの薬師ミラをギルドマスターのシェアドが諫める。


“肌の色に関わらず議員となれること” を定めた法案が僅差で否決され、それを見守っていた自由と平等を願うエルフたちの過激派が武器を手に議会を襲った事件は記憶に新しい。


その襲撃事件で改革過激派が用いた魔道具や武器が問題にされ、製作者で彼女の幼馴染でもある鍛冶師アスタが投獄されたのは一昨日の事だ。


「けどよぅ、シェアドさん。俺たちの製作物がどう使われるかなんて、わかりゃしないぜ? 保守派連中の言い掛かりにしか思えねぇ……」


例の襲撃事件の後、さらに保守穏健派の宰相デルフィスが改革派に暗殺されたという発表があり、保守過激派のテオドール卿が新たな宰相となった。


それ以降、改革政策を推していた女王アリスティアが姿を現さなくなった事もあって、保守過激派が力をつけて改革派への弾圧じみた取り締まりをしている。


「ウィド、余計なことは考えるな…… 今回の件、青銅の氏族は中立を貫くと族長が決めている。どちらにも肩入れするわけにいかない」


「そんな事はどうでもいいよッ! アスタはどうなるのッ!!」


バンと、ミラがギルド長執務室のテーブルを叩く。


「情状酌量の嘆願はしている…… あくまで幇助罪に問われているだけだから、そこまで厳しい沙汰が出ることもないだろう」


「…… ッ!」


肩を怒らせて小柄な青銅のエルフの娘が部屋から去り、軽く肩を竦めた後に錬金術師のウィドも部屋を辞す。


彼らを見送ったシェアドはギルド職員を呼んでミラの監視を頼んだ後、小さくため息を吐き、ズルズルと背もたれに身体を預けた。


「私は気楽に実験や開発さえできれば、それでいいんだが……」


それは各分野の技術者集団である青銅のエルフの本懐でもあった。


(さて、どう転ぶことやら……)


改革過激派の襲撃事件以降、浅黒い肌を持つ黒曜のエルフたちの間に “暴力を以って自由と平等を主張することは愚かしい” という考えが浸透しつつある。


皮肉なことに襲撃事件で改革過激派を止めようとして、最初の犠牲者となった保守穏健派のフォルス卿の言葉が伝文で広まっていたのだ。


もし、非暴力不服従の思想が保守派や改革派の枠を超えてエルフたちを纏め上げれば、状況は好転する可能性もあるが……


「そうなるといいなぁ……」



そう呟く彼の希望は裏切られ、状況はさらなる悪化を迎える。


翌週、黒曜のエルフたちを纏め、非暴力不服従を訴えて保守派と改革派の間を取り持とうとした黒曜のエルフのマーカス司祭が暗殺された。


群衆に向けて、同族で憎み合うことの無意味さを解く彼の胸を一本の矢が射貫く。その犯人は彼を気に入らない保守過激派、又は改革穏健派に求心力を奪われつつあった身内の過激派ともいわれる。


ただ……


「くッ、あぁ……ッ、こ、こんな事で、怒りに飲まれてはい、いけない…… 私は、全てを、ッう、ゆ、許す。いつか、肌の色に関係なく、わ、笑いあえる日を………………」


「マーカス司祭ッ!?」

「司祭様ッ!!」


彼の最期の願いは怒号にかき消され、一部の者にしか聞こえず、新たな火種が燃え上がる。その言葉が石碑に刻まれ、多くのエルフたちの心に響くのはまだ少し後となるのだった。


……………

………


さらなる混乱を迎えていく “鎮守の森” に隣接するフィルランド共和国もその頃、俄かに慌ただしさを漂わせ始める。


「…… それは本当ですか、レアド殿?」

「えぇ、確かな朗報です」


共和国評議会の議長ランデスの問いかけに彼の親族でもあるハーフエルフの男が頷く。外見はランデスのほうが何倍も老けて見えるが、レアドは彼の何代も前から生きている人物だ。


「ここ数ヶ月、国境沿いの森を探らせていましたが、つい最近になってエルフ族の都市周辺の結界に綻びを見つけました」


その言葉に “おぉ” という評議員たちの歓声が上がる。


「既に、麾下のハーフエルフを諜報に出しております、彼らであれば僅かな綻びであっても結界内部に潜入できますので……」


「さすがですな、レアド殿」

「これで、我らの世界樹の延命も図れるッ!!」


フォレストガーデンの戦いの後、終戦協定に基づき世界樹を得てから六百年が経つ。


本来ならば、まだ健在であるはずだが…… かつての大飢饉の際に食料を輸入する対価として、様々な薬や魔道具に使われる世界樹の枝葉を採取し過ぎたため、以降フィルランドの世界樹は徐々に病んでいたのだ。


「しかし、エルフたちが我々に協力してくれるだろうか?」


気の早い議員たちを諫め、議長が苦言を呈する。


「ランデス議長、エルフ族の結界の綻びが修繕されれば、また我々には手を出せなくなってしまいます、悠長にしていては機を逃しますよ……」


六百年前の戦いの時は苗木の世界樹であればこそ、賢者モロゾフの力でその結界を打ち破り、伐採することに成功したが…… 成木の世界樹と白磁のエルフの結界が揃えば、人族には手を出せない土地となってしまう。


故に、当時も土地を奪われる前に伐採を強行したと記録に残っている。その後の戦争も森の中を主戦場とし、エルフたちの都市には攻め入る事ができなかった。


ただ、それでも都市周辺の森を包囲してしまえば相手も折れるしかない。結果、休戦協定が結ばれたのである。


それ相応の人員と費用を投じなければできない事ではあるが……


「現実的な合理性を考えれば、強硬手段もあり得ると思います」


こともなげにハーフエルフの男が言ってのける。


「貴公の血は半分エルフだろう、思うところは無いのか?」


「既に我々の祖国はフィルランド共和国ですよ、自国の利益を優先しますね」

(捕虜となった私たちの親世代を見捨てた “鎮守の森” の連中など、どうでもいい……)


冷めた目をして、共和国評議員に名を連ねるハーフエルフは答えたのだった。


……………

………

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