例のアレを……
(………… そろそろ、皆が帰ってきてもいい頃か)
コボルトたちが塒としているルクア村の東にある洞窟から少し離れた場所、そこは木々が疎らとなっており、木漏れ日が降り注いでいる。
その日差しを避け、樹に背を預けて佇むのは腕黒巨躯のコボルト、バスターだ。
彼は仲間たちが王都セルクラムへと発ってから、ナックルやスミスと共に群れを率いて南下し、仮住まいとしている洞窟へと辿り着く。それ以降、時間を見つけてはこの少し開けた森の一角で鍛錬を続けていた。
ただ、今日はまだ鍛錬をしていない…… 待ち人がくるという予感がした故だ。
(思えば、俺の先にはいつも大将がいたな……)
体格では勝っているのに、気が付けば地面へ転がされてばかりの幼い頃の記憶に苦笑いを浮かべる。それでも、その頃のバスターは自分が親父の後を継いで群れを率いることを疑わなかった。
今となっては自分よりも大将の方が向いていると分かっているし、親父が次の長に選んだ理由も察しは付く。
(けどな、それとこれとは別の話だ、負けっぱなしは性に合わねぇ………… いや、それよりも俺は認められたいのかもな)
もう既に群れの長の立場をアーチャーに禅譲して隠居状態になっているが、親父の雄々しい姿は未だに記憶に焼き付いている。
生まれを同じくする仲間たちがグレイベアに襲われた際、逃げる幼いコボルトを追って集落へと近づいてくる奴に、群れの雄たちを率いて立ち向かったのも親父だ。
その背中を見て、自身も群れを護る立派な雄に成ろうと誓った…… 故に、頭では割り切っていても、親父に選ばれなかったことを引き摺っているのかもしれない。
(まぁ、いい…… 大将に挑むのも久しぶりだから余計なことを考えてしまうな)
ここ数ヶ月は遠くに見える山脈を目指したり、人族と関わって野盗と戦ったり、ゴブリンどもを猫人族と共に駆除するなど…… 色々とあった。
その中で自身もかなりの力を付けた自覚はある。
さらに仲間たちが西側の王都とやらへ向かってからも、ナックルに付き合ってもらって鍛錬を重ねており、地力は上がっているはず……
などと取り留めのない思索をしている時、強い風が森の木々の間を吹き抜けて、嗅覚が仲間たちの存在を捉える。
(さあ、一戦交えるとしようかッ、大将)
……………
………
…
夕方の前にルクア村を出てから、途中で野営を挟んでやっとナックルたちが元々暮らしていた洞窟付近の少し開けた場所まで辿り着くと、そこには俺たちを待つモノがいる。
「ウ、グルァアオォン (ん、バスターじゃねぇか)」
「クゥ、ウァルゥ、クルァゥ~♪ (あ、ホントだ、ただいま~♪)」
「また、マッチョなコボルトですね……」
ブレイザーが目ざとく腕黒巨躯のコボルトを見つけ、妹はモフモフしっぽを揺らして足を速めていくが…… 奴の纏う覇気に気付いて小首を傾げる。
「ワゥ、ワフィオン、グルァアオ? (あれ、何かあったの、バスター?)」
「グァウ、ワフゥアゥ…… ワゥオ グルァ ヴォルオオォァアァン
(いや、何もないぜ…… 久々に大将に相手してもらおうと思ってな)」
奴は背を預けていた樹から身を起こして、纏っていたレザーアーマーを外し、立て掛けてある大剣の側に置き、動きやすい腰蓑だけという本来のコボルトのいで立ちとなった。
コボルト同士の群れにおける序列争いなどでは、基本的に相手に致命傷を与える事はしない。例えば群れのNo1とNo2が争って共倒れになれば群れ自体が崩壊しかねない故だ。
従って、狩りの腕で競うなどの様々な形式があるが、俺たちの群れでは代々、拳で語ることになっている。そのため動きを制限する鎧が足枷になることもあり、除装したのだろう。
「ワォン、ガルォアァ……『分かった、相手になろう……』」
(まぁ、そろそろくる頃だと思っていたからな……)
俺もバスターと同じく装備を外して樹の根元に置き、奴へと一歩を踏み出す。それに合わせて、他の皆は俺たちから距離をとり静観する。
…… 俺だって何も準備をしていないわけじゃない。
己の成長の方向がフィジカル特化ではないことの自覚はあったし、新たに得た魔法は仲間内の序列争いでは掟破りになってしまう…… 使えるのは持って生まれた四肢だけだ。
故に秘策を用意したのだ。
「フウゥウ…… ヴォルァァアァ―――ッ!!」
【発動:金剛体(土属性型)】
体内を巡る魔力を爆発的に燃焼させ、大地に宿る生命の力も少しだけ分けてもらい己の身体を金剛と成す!
「ガルゥ、ウォアルゥアァン、グルァッ!
(はッ、面白ぇじゃねえか、大将ッ!)」
一瞬の後に俺の上半身の筋肉が盛り上がり、バスターに負けないほどに筋骨隆々となる。
そう、俺は帰りの揺れる幌馬車の中や休憩時間に一生懸命に読んで実践していたのだ、異色の魔導書『剛力粉砕写本』の内容を……
勿論、著者は鋼の賢者グレイオ・エルバラードだ。
世の中には需要と供給というものがある…… 普通の魔術師からすれば呆れてしまうような内容であっても、群れに於いて殴り合いを時には求められる俺にとってこの魔導書は価値があった。
たとえ、老魔導士グレイオの私室に売れ残りとして山積みになっていたとしても……
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