エルフと昼飯を食う
街道沿いの林の一角で、地面に穴を掘り、なるべく乾燥した木を探して薪代わりに敷き詰め、その四隅に少し高さのある石を置く。
「グアォゥ、ワォン『妹よ、頼む』」
「ルゥオア クァンオッ(灯れ、狐火ッ)」
コボルト・ダガー(妹)の両手の間にボゥっと緋色の焔が浮かび上がり、敷き詰めた潅木の上に乗せられて燃えうつる。
で、火勢が強くなる前に四隅の石を脚がわりにして、探してきた平べっための石を載せ、温まるのを待つ。人数的に同じものを後4つほど、間隔をあけて用意すれば十分か……
「クルァオオゥ ヴァルオォアゥ、グルァ
(切り分けて四等分にしたわよ、ボス)」
「ワォア、ガルウァッ『じゃあ、焼くぞッ』」
所謂、石焼である。仕留めたプレーリーラット3匹をランサーとダガーに捌いてもらい、俺とアックスで石焼の準備をしたのだ。
「こら、危ないからあまり近づかないッ!」
「「はーい」」
「うん、わかった」
少し離れた場所ではウィアルドの町娘セレナが王都から攫われてきた子供たちに火へ近付かないように注意しながら、じゅうじゅうと木串に刺したラット肉を石の上で焼く。
「あ、これ馬車の中にあったパンと胡桃です、どうぞ」
「あったの~」
「ワォアン『ありがとう』」
「~~♪」
しっぽをフリフリしながら近寄る幼い猫娘の小さな手からパンと胡桃を受け取り、頭を撫ぜてやる。彼女たちは皆にそれを配り終えると自分たちの焼き石の下へと戻っていく、そこでは城付きの御者の二人が既に肉を焼きはじめていた。
火を通さない激レアでも美味しくいただける仲間たちは軽く焼いただけのラット肉を既に頬張っている。
「ワゥッ、キュアーォン♪ (お肉、おいしいね~♪)」
「ウォルウァ ガォオウ ワゥッ、グルゥ キュアーォオオン
(表面を軽く炙るだけの肉が、僕は一番おいしいと思うよぅ)」
「グルォア、クワゥッル ウォフル クァアァンッ
(やっぱり、干し肉より新鮮な方が良いわねッ)」
なお、一般的に肉を長期間保存するときは燻製にする。
時期的には作物が収穫できない冬に備えて秋の間にひたすらに作り置きするわけで…… コボルト族が森でその時期に一心不乱に冬の主食であるドングリを拾いまくるのと同じだ。
(…… 炭も作れるようになったし、今度、集落で燻製でも作るか?)
まぁ、日持ちすると言っても限度があるため、食べる時はカビが生えたり、腐った部分をナイフで削る必要が出てくるけどな。因みに、短期間の保存であれば氷結魔法で凍らせるのもありだが、どちらにしろ味は落ちてしまう。
最善は生きた状態で保つこと、すなわち狩場の確保である。ゆえに貴族連中はいつでも新鮮な肉が食べられるように狩場を管理するわけだ……
「クゥ、クアォオ…… ヴゥア、ガァルゥ『ん、旨いな……どうだ、お前も』」
十分に焼けたラット肉を木串に刺して、謎のエルフに差し出す。一度、きちんと意思疎通を試みるため、さしで焼き石を挟んで俺たちは向かい合っていた。
「えぇ、頂きます、ありがとう」
「…………………ヴォルアァッ、クァルグォ ウォルォオンッ!!
『…………………ちょっと待てや、共通語を話せるのかよッ!!』」
しれっと、色素の薄い奇麗な肌にシルバーブロンドのエルフが頷く。
「がるわう ぐるぁうん、くぁあるぅ (コボ語もいけますよ、少しだけなら)」
「ウォアンッ!?『なんだとッ!?』」
「……日常会話は無理ですが」
凄いな、エルフ…… 何か出端を挫かれてしまったじゃないか。思わず唖然としているうちに、また彼女が言葉を紡ぐ。
「昨夜からのことを考えると、私は助けていただいたと思っても?」
「…… ガゥルクァル グオァウル『…… 猫人母娘のついでにな』」
「ありがとうございます、コボルト殿」
「ヴォオン……グルゥオウ アーヴァー 、ガァルアゥ?
『構わんさ……俺はアーチャーと名乗っている、あんたは?』」
翡翠色の瞳を軽く閉じて逡巡した彼女は視線を合わせずに、自虐的な言葉と共に乾いた笑い声を零す。
「スティアと申します…… 同胞の怨みを買って騙され、奴隷商に捕まった愚か者です、ふっふふ」
何かやりづらい相手だな、こいつ……
「ウォルアオン、ガルォアァウ……『それは正直、どうでもいいんだが……』」
この後、王都セルクラムまで引き上げてから棲みついた森に帰還するという事を昼食がてらに彼女へと伝えていく。
「そうですか…… ところで私は古代の森以外の犬人族をあまり知りませんが、人族や猫人族と交流があるのですか?」
ちらりとスティアが周囲で昼食を取る三種族の光景を一瞥して小首を傾げる。
「ガゥルォ ウォァ クルゥオァアァル、ヴァンォ グルォゥウァ
『猫人族とは多少の交流を持っているが、人族は距離があるな』」
「先ほど、あの御者たちに崇められていたようですが……」
「………… ヴォァルウ『…………成り行きだ』」
訝しげに彼女は翡翠眼を細めた……
(私たちは肌の色が違うだけで、争っているというのに…… なまじ同種族だからこそ些細な違いが看過できないのでしょうか?)
散逸的な会話の合間にも彼女は思考を加速させていく。
(…… 逆説的に考えて本質はそこではなく、積み上げられた種族意識とそれによる仕組みが作り出す力関係の不均衡であって、本当は肌の色なんてフレーバーに過ぎない?)
思索に沈むエルフ娘は重くて深い溜め息を吐き出す。結果を急いて権力側から押し付ける改革よりも、先に意識の変革を求めるべきではなかったかとの疑問が芽生えたゆえに……
途中から心ここにあらずの様子で考え込む彼女に、昼食を平らげた俺は最後に確認をしておく。
「……ヴァ、グルォ クォルガアルゥ ヴァルアン、クルゥア ワフオァアァン?
『……でだ、俺たちはイーステリアの森に帰るが、スティアはどうするんだ?』」
「そうですね、暫くご一緒させてもらってもよろしいでしょうか…… お礼と言ってはなんですが、貴方の持つ世界樹の種、育てさせてもらいますよ?」
と、またも先手を打たれるのであった。
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